野望と陰謀(5)

 教授プロフェッサーを訪ねてきた面会者は、都市エルハーケンを拠点とする抵抗組織のリーダーでモリス・クーガーと名乗る壮年だった。『解き放つ槌』などと大層な名を冠しているが、小規模な抵抗組織だと聞いている。


「お時間をいただき感謝します」

 そこは都市内の一室。簡単には艦内に招き入れるわけにはいかない。

「お気になさらず。同じ解放の志を抱く者同士のこと」

「さすが躍進目覚ましいゼフォーン解放戦線の総帥であらせられる。その寛大さは見習いたいものです」


 当たり障りのない社交辞令から話題は核心へと移っていく。


「我ら『解き放つ槌』、解放への情熱では劣らぬ者ばかりと考えております。ひいてはXFiゼフィへの加入をご検討いただきたく罷り越しました」

「なるほど。我が組織に加わりたいとご所望か」


 こういった申し入れは引きも切らない。破竹の勢いで進撃するXFiは誰の目にも主流に見える。勝ち馬に乗るではないが、その勢いに乗らないのは時流を読めない動きだと思えてしまうのだろう。

 各地からの情報を基に加入や同盟を決定しているが、情報に乏しく相手が出向いてくる意思を見せるなら面会が必要だとも思っている。


 教授プロフェッサーの異名を持つガイナス・エストバンは、その明晰な頭脳から繰り出される戦略や戦術だけでその地位にあるだけではない。大学教授であった以前の職責からゼフォーン全土に様々なコネクションがあり、情報が彼のところへ集中するのも皆が彼を総帥へと押し上げた大きな要因である。


「真の自由のためにはマンパワーも重要だと私も考えている。しかし、活動内容から無制限に受け入れるのは組織にとって危険な因子を取り込む可能性を高めるのも事実。別に貴殿をスパイだと疑っているわけではないがその辺りはお察しいただけまいか?」

 意図的に難しい顔を見せる。

「おお、それは当然でありましょうな。不躾なお願い、申し訳なく思います」

「ご理解が早く助かります」


(このような小物を取り込んだところでXFiにどれだけの益があると思っている? 地方でこそこそと騒ぎを起こして満足していれば良いものを)

 そんな本音は絶対に漏らせない。


「ですが、どうか我らの窮状もご理解いただきたい。以前は作業用とはいえ十六機のアームドスキンを保有していたのですが当局の締め付けが厳しく、今や七機にまで数を減らしております」

「ほう?」

 小規模組織にしては纏まった戦力を持っていたのだと意外に思ったのはおくびにも出さない。

「アルミナの鎮圧部隊が戦闘用アームドスキンを駐留させるようになってからは身動きも取れない状況が続いております。そこで考えました。我らの命をお預けする代わりに戦闘用アームドスキンを数機でも良いので貸与いただけないかと?」


(無茶を言う。戦闘用のアームドスキンの開発にどれだけの金と手間が掛かっていると思っているのだ?)

 ほとんどをエルシに依存しているのは事実だが、結果は組織ありきだと彼は思っている。


「あれは技術の塊でしてな、軽々にお貸しするわけにはいかないのですよ。敵に鹵獲されればこちらの情報を与えてしまう結果になるのでね」

 これは本音だ。ましてや乗り逃げなどされては敵わない。

「困りましたな。どうすれば考えを改めていただけるので?」

「成果を見せてもらえませんかな?」

「現状でも志を曲げない勇気を示せとおっしゃる?」

 呑み込みが早くて助かる。神妙に頷いて見せておく。


(潰れるならそれまでのこと。生き残るのであれば、相応の人材が居るのだと考えられる。それなら取り込む価値もあるというもの)

 生徒に課題を出すくらいの感覚である。


「やってみせるしかありませんな」

 仲間の命を天秤にかけるのが心苦しいのか、苦悩の表情で答えている。

「まずは同盟と考えてもらいたい。そちらに強い決起の意思があるのならば、我らとてそれに応える準備はありますぞ」

「おお」

 共同作戦を匂わせておく。そのまま帰せば悪い噂の元になりかねない。

「どうかよろしくお願いしたい」


 モリスはそう言い残してエルハーケンへと戻っていった。


   ◇      ◇      ◇


(勝手に動いて勝手に潰れてくれ)

 帰路の空挺機甲車の中で教授プロフェッサーは思っていた。


 そうでなくともアルミナ治安維持軍が一大攻勢を匂わせている。同様に同盟した有望組織との申し合わせで二都市の解放を目論んでいるが、アルミナ軍の動きが現実になった場合、二局面で作戦を展開しなくてはならなくなるだろう。

 エルハーケンなどという小都市の小さな組織に構っていられない。こちらが動くとしたら、それを凌いでから余裕のある時。それなら考えなくもない。


(いや、待て?)

 ガイナスは思考を巡らせる。

(どうせ投入しても私の思い通りに動かない邪魔な駒があるではないか。しかも無駄に目立って我が野望の妨げになりかねない駒が)

 深慮に沈む振りをして顎を手で覆い、その下で口の端を持ち上げる。

(どうせ潰れるなら不要な駒とともに滅んでもらおうではないか。それでこそ我らの役に立つ働きというものだ)


 教授プロフェッサーは妙案に表情が緩むのを抑えねばならなかった。

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