野望と陰謀(4)

 五年前のこと。その日は他の抵抗グループとも連動して治安機関への同時多発的襲撃を計画していた。しかし、関わる人数が増えるにつれ、情報というのは漏れる確率が上がる。その一斉襲撃も治安当局に察知されていたようだった。


「当局は計画的な鎮圧を行った。秘密裏に陣容を整え、待ち構えてたんだ」

 ヴェートは当時を思い出しながらぽつりぽつりと語る。

「大きめのグループに対してはアームドスキンまで投入するほどの本気度だった。それに抗するほどの組織力は俺たちにはなかった」

「そりゃ鎮圧ってよりは蹂躙に近いじゃねえか」

「ああ、遠慮なしに撃ってきたな。捕縛しようなんて意図はなかっただろう」


 奇襲が奇襲になっていない。初手から躓いた抵抗グループは逃げ出す以外になかった。それも叶わないくらいに人員が配置されていると気付くと彼らはまた無茶を始める。


「自分たちの逃走を第一に考え、周囲などお構いなしに爆発物をばら撒く。手持ちが無くなれば、今度は止まっている車の電池燃料を狙って発砲をし始めたんだ」

 揮発性燃料の爆発を目くらましにと考えたらしい。

「でたらめもいいところだな」

「そうだ。それも車内に人が居ようと居まいとどうでもいいと思えるような勢いでだ」


 狙われている車内に、親の帰りを待っている兄弟の姿を認めたヴェートは制止の声を上げる。しかし、仲間は止まらない。

 殴り付けてレーザーライフルを奪い取ると台尻を叩きつけて昏倒させた。興奮と恐怖に酔った他の仲間は銃口をヴェートに向ける。


「仲間を撃ち殺してでも止めようと覚悟を決めた時に上空からアームドスキンが降下してきた」

 一斉蜂起の情報を得たXFiゼフィが支援に動いたのだと後で聞いた。

「その機体に乗っていたのはダイナだった。そして、当時の新型機ルフェングの実戦投入テストのデータ採取にフェトレル女史も同乗していたんだ」

「それで助けてもらったんですね?」

 フィーナの目に安堵の色が浮かぶ。


 女史の指示で、彼と車の間にルフェングを入れたダイナは投降を呼びかけた。しかし、混乱した治安要員はその巨躯への発砲をやめない。

 間に挟まれた彼の仲間は次々と倒れていった。彼だけがアームドスキンの脚の影で助かったのだ。


 対人レーザーで相手を追い散らかしたダイナは、兄弟を脱出させるとハッチを開けて顔を覗かせた。サブシートの女史に促されてヴェートもコクピットへと搭乗する。

 その後はXFiの圧倒的な戦力に治安当局は退却を余儀なくされて、彼の故郷は解放されたのだった。


「女史とダイナは上空から俺の行動を見ていたらしい。彼女が救出を提案してくれて俺は生き延びた。命の恩人だ」

 既に懐かしくさえ感じるが、彼の人生を一変させた一事だった。

「ダイナには男気を買われてスカウトされた。命懸けの任務でもやる気だったのに、フェトレル女史は俺に護衛を命じた。比較的安全な後方に居ることが多いのに」

「えー、危険は少なくたって大事なお仕事じゃないですか? 要人警護だもん」

「ありがとう。俺は女史への恩義を絶対に忘れない。そのために生きている。彼女が命じるなら何でもすると決めた」

 リューンが肩をポンと叩いてくる。

「いいんじゃねえか、そんな生き方も」

「そう思っている。お前のように何かを期待されているわけではないが、自分のこの五年間には誇りを持てる」


 いつになく語ってしまった自分を意外に思う。だが、若くして自分の意味を見出し誇りある生き方を選んでいる少年に触発されたのかもしれない。


 ヴェートには悔いはなかった。


   ◇      ◇      ◇


「あら、あなた、そんなふうに思っていたの?」

 パシュランの調整中にあっさりと昔語りをばらされたヴェートはいつも通りの直立不動。しかし、頬が少し紅潮しているのにフィーナは気付いていた。

「華の無い任務に不満もあるだろうと思っていたのよ。だから個人的にギャランティも渡していたのに」

「そんなんじゃこういうタイプは喜ばねえって。たまには餌をくれてやれよ」

「いつも感謝は伝えているわ」

 エルシは平然と宣う。

「違うだろ。頬にキスするくらいは安いもんじゃねえか」

「お兄ちゃん! 女のキスはそんなに安くないの!」

「だってお前、欲しいもん買ってやったらするじゃんか?」


(きゃー! どうしてそれ言っちゃうのかなー!)

 思わぬ落とし穴にはまってしまった。


「やめてやりな」

 フランソワは苦笑いでスルーしてくれた。

「この朴念仁にそんなことしたら溶けちまうじゃないのさ」

「なに言ってんだ。いい歳こいて……」

 リューンも浅黒い肌が赤黒くなっているのに気付いたようだ。

「マジか!」

「他人の純情を笑っちゃ駄目!」

「おー、すまねえ。趣味って人それぞれだもんな」


 悟り切ったことを言っているが、その兄とて鈍感だというのはフィーナも分かっている。そうでなければ、パン屋に足繁く通ってきていた少女たちの視線に気付いただろう。


「趣味とは何のことだ?」

 沈黙にも限界が来たらしい。

「こんな怖ろしい女の尻の下に敷かれるのは俺だったら御免だぜ?」

「…………」

 怒るかと思いきや、引き結んだ口元が少し緩む。

「おっと、更に高度な趣味が露見しちまったぜ」

「リューン!」


 さすがに腹を立てたヴェートはキャットウォークを逃げる少年のあとを真っ赤な顔で追いかけていった。フィーナは呆れて溜息を吐き、フランソワは腹を抱えて笑っている。


 エルシでさえ小さく笑っているのを少女は見逃さなかった。

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