野望と陰謀(3)

 フィーナ・バレルという少女はきりりとした眉や鋭さを感じさせる目元から、勝気な印象が強いように思える。ところが実際にその中身は人当たりがよく気配りのできる家庭的な娘である。

 髪色など兄と違うところも多いが、初対面の時は面立ちの印象でやはり兄妹だなと感じた。それが完全に覆っている。

 現実に今もトレーニングルームで汗を流すリューンの世話をすると同時に、隣でマシンに取り組んでいた自分にも飲み物やタオルをかいがいしく差し出してくれる。ヴェート・モナッキはありがたく受け取りながら、その可愛らしい少女を心の中で褒めていた。


 口下手な彼はただ巌のように立ち、背景と化すことが多い。フェトレル女史の護衛としてはそれが然るべき状態だと考えている。影であり盾であり、時に矛であればいいと思っていた。

 ところが彼女に最強の剣が現れた。その少年は彼女の意図通りに動くわけではないが、その理想を反映した姿なのだろうと思われる。接し方が如実に物語っていると感じた。


 しかし、湧き上がった少々の嫉妬心も溶け消えてしまっている。技術的な仕事をするために部屋をロックして閉じ籠る女史から離れて時間を持て余している彼を、剣の少年はこうしてトレーニングに誘ってくれる。

 いつも剣呑な空気を伴っているリューンだが、実は情に厚い人間性の持ち主だと分かってきた。それを見て育ったからこそフィーナが気配り上手になっているのだろうとも思える。


「どうだ、デイビッド?」

 リューンが更に隣の少年に問い掛ける。

「きついっす」

「そんな図体しててもか?」

「全然っす」


 プネッペンで加わった少年少女の中でも彼は特殊な配置となっていた。中でも完成された大きな体躯の持ち主だったデイビッド・グランベスタは陸戦隊に引っ張られていったのだ。

 日々、訓練に明け暮れているようで疲労の色は濃い。ただし、逆に肉体のほうは絞られてきたように見える。肉弾戦を主とする陸戦隊員の外見に近付いてきているとヴェートは思った。


「頑張れそうか?」

 気に掛けているらしい。

「やるっす。頭悪くて仕事憶えられない俺を見込んでくれたんすから」

「気合入ってんな」

 多少は笑顔を見せる。

「ドルガン戦隊だ。そんな馬鹿なことはさせない。心配無用」

「あんた、陸戦隊上がりなのか?」

「いや、XFiゼフィでは所属したことはない。訓練に何度か参加させてもらっただけだ。それでもドルガン隊長がクレバーな人物であるのは分かる。くだらない新人虐めなどさせないだろう」

 彼が感じた印象を伝える。


 フィリップ・ドルガン率いる陸戦隊は、アームドスキンが戦場の主役となる現在では規模の大きい戦隊だろう。百五十名あまりの隊員が反重力端子グラビノッツを搭載した空挺機甲車で戦艦から降下して作戦に臨む。

 投入される局面は厳しい場合が多い。流れ弾のビーム一発で小隊が一つ消える。それだけに集中力が要求され訓練は過酷を極めるが、そこで育まれた連帯感は実戦での動きを左右する。


「ヴェートさんって最初からXFiに居たわけではないんですね?」

 何気ない言葉からフィーナに意味を読まれてしまった。

「俺はフェトレル女史に拾われて入ったんだ」

「俺と同類じゃねえか」

「君みたいにスカウトされたんじゃない。偶然だ」

 話の流れで彼は過去語りを始めた。


 ヴェートが属していたのは組織というよりはグループという規模の運動だった。

 彼の父親はアルミナ人の蛮行により身体が不自由になり、再生治療を受ける経済力もなく家族は貧困に喘いでいた。恨みを募らせた若者の彼は衝動の命ずるままに抵抗運動に身を投じる。

 とはいえ寄り合い所帯のようなグループはアームドスキンを入手したりする組織力もなく、何とか手配した数丁のレーザーライフルを手にテロ活動を行う程度。都市内でこそこそと嫌がらせに毛の生えたような活動をするのが限界だった。


「多少でも志があれば治安組織のアームドスキンの強奪計画くらいは考えてもいいはずなのに、そんな度胸もなかったんだ」

 彼は自嘲気味に続ける。

「今思えば、腹いせに暴れていただけだろう。プネッペンの彼らのことは笑えん」

「そんなに卑下しなくても」

「事実だ」


 それでも治安組織を相手にしているうちはまだマシだった。

 追及を逃れて活動を続けるうちに気の大きくなっていった抵抗グループはテロの規模も大きくなっていく。徐々に市民に出る被害も無視するようになっていった。

 その傾向を危険に感じたヴェートは注意喚起した。このままではただの犯罪者集団に堕ちてしまうと訴えたのだ。


「官憲の追及が厳しくなっていた時期に俺の訴えは彼らの癇に障ったのだろう。暴力の矛先がこちらに向いてきた」

 苦々しい思い出だ。

「ただのクズどもじゃねえか」

「戦闘グループの連帯感を乱す行為には修正が必要だと主張していたぞ。その暴力は教育の一環だと自己弁護していたのだろう」

「ひどい……」

 フィーナの瞳は潤み始めている。同情を買いたいわけではなかったが、ここまで話した以上はやめるとも言えない。

「だが、俺は暴力に屈してあいつらと同じ行為に手を染めるのは我慢ならなかった。グループ内に留まったのは、極力市民に出る被害を抑えたかったからなんだ」

 青臭い決断だったと彼は思う。他にもやりようがあったはずなのだ。


 それでも当時のヴェートは恵まれた体格を利用して戦い続けたのだった。

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