野望と陰謀(2)
「戦後七十年余り、我々は何を学びましたか?」
その女性の声には説得力があった。
「アルミナの統制はまるで鏡像でした。三星連盟時のゼフォーンの姿をなぞっているかのようです!」
ローカルチャンネルの2D放送はゼフォーン限定で流されている。それが戦艦ベゼルドラナンの各所でも投影パネルで表示され、乗員の注目を浴びていた。
演説中の女性はトルメア・アディド。アルミナで救出された彼女は一気に注目を集めた。
「旧ゼフォーン政府が行っていたような植民地支配の搾取の構図です! 我々は味わった苦しみから学ばねばなりません! どれだけ愚かしい行為なのかを!」
目を瞑って胸に手を当て、痛みを反芻するように言葉を紡ぐ。
「そして示しましょう! 我らは同じ愚行を決して繰り返さないと!」
強い意思を示すべく、拳を振り上げる。
「そのためには自由を取り戻さねばなりません! この主張を人類圏に伝えるには真の独立が必要なのです!」
拳を開いて、宇宙に届けとばかりに差し上げる。
「既に戦ってくれている者が大勢います。彼らは命を懸けて我々の主張を届ける地盤を作ってくれようとしているのです。感謝と敬意を捧げます」
手の平を上に両手を前に差し出す。
「しかし、独立への力を持つのは彼らだけではありません! 闘争だけが手段ではないのです! 皆、立ち上がってください! 声高に叫んでください! 精神的に成長を遂げた我らゼフォーン国民の姿を見てくれ、と!」
自信を表すように手を胸の中心へと持っていく。
「その声が証明されれば、国際社会は受け入れてくれるでしょう! 国家ゼフォーンを認めてくれるでしょう! その時まで挫けず主張を続けるのです! 行動で示し続けるのです! 真の独立を祝うその日まで!」
未来を指し示す彼女の指は真っ直ぐ斜め上へと伸びていた。
◇ ◇ ◇
「役者だなぁ」
リューンは片方の口の端を上げながら感想を述べる。
「あらそう? 彼女の本心なのではなくて?」
「言ってることはそうだろうがよ、身振り手振りが分かりやすくて誰にでも伝わるだろ? あれを素でやってるなら天才的詐欺師だろうが、意識してやってるんだから優秀な扇動者なんじゃねえか」
「褒めているようには聞こえないわ」
エルシは窘めるように言ってくる。
「褒められたくてやってんじゃねえと思うし、野心もねえだろ。自分の役割を理解して演じてるんだから役者で合ってるんじゃねえか?」
「そうね。あれも才能かしらね」
(焚きつけといて言う台詞じゃねえんだろうけどな)
自嘲は胸に収めておく。
映像では、トルメアがミックを抱き上げてキスしている。それが女性に対する求心力にも繋がっているだろう。
パイロットシートに行儀悪く胡坐をかいた彼はつい小さな笑いを零す。膝に抱いたペコが見上げて首を捻り、空中のペスは愉快そうに踊っている。
「トルメアさん、お兄ちゃんと同じくらい有名になっちゃったね」
昇降バケットのフィーナは知人の活躍を素直に喜んでいる。
「あっちのほうが勢いがあるし意味もある。俺とは違うだろ? ダイナみてえに格好つけた戦い方はできねえのに、いつの間にか面倒なことになってやがる」
「
彼が拒んだこともあるし、
それなのにソーシャルネットワークは市民間の情報網として彼を取り上げ、剣王の名ばかりが広く流布されつつあるのは承知している。
「妙なことになっちまったもんだ」
リューンにとっては本意ではない。
「すぐ敵に突っ込んでいく馬鹿は見ていて愉快なのか?」
「戦い方が活劇的なところがあるからだと思うよ? 自覚ないの?」
目が笑っている。フィーナには歓迎すべき状況らしい。
「まともな訓練も受けてないのよ。半ば本能で戦っているのではなくて?」
「あはは、そうかもー」
「ひでえ言われようだ。なあ、ペコ」
ロボット犬は「ワン!」と返事はしてくれるが分かっているわけじゃない。
◇ ◇ ◇
(くだらん茶番だな)
独立への道が見えてきたゼフォーンにこれから必要なのは栄光と繁栄なのである。もっと分かりやすい餌を市民に提示せねばならないと考えていた。
苦しいだけの今は自由とか独立だのといった目標は有効かもしれない。ただし、いずれはそれだけでは足りなくなる。民衆というのは貪欲なのだ。
次々と新しい餌を与え続けなくては支持を得るのは難しくなるというのがガイナスの理論だった。
(あれは構わん。ただの広告塔で終わるだろう)
真の統治を広めていく過程で使えるだけ使うつもりだ。
(しかし、あの小僧は違う。ただ、武力だけで独立を勝ち得たという印象を持たれてはいかん。それこそ国際社会の反感を買ってしまう。後々の処理が非常に難しくなるだろう)
フェトレル女史という防柵が機能していて排除も容易ではない。
(どうすればいい?)
茶色の髪を手で梳きつつ、策を講じる必要性を感じていた。
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