第六話

野望と陰謀(1)

 リューンがゼフォーンに来て三か月あまりが経っている。

 その間も攻勢は続き、XFiゼフィの勢力圏も拡大の一途を辿っている。他組織も連動するように攻勢を強め、今や全土の半分以上を抵抗勢力が占領している状態である。


 通常であれば統制側も撤退及び立て直しを考慮しなければならない分岐点を迎えているところなのだが、アルミナ政府は思い切った決断に至っていないようだ。それが不気味に感じる点だが、武装蜂起など勢いが全てみたいな部分もある。攻めるべきところは一気呵成に攻めなければ機を逸してしまうのも事実なのだった。


「おーい、切りのいいところで休憩にしなー!」

 整備班長のフランソワは最近ゆったりと構えている。

「りょーかーい! こいつまでやっちまうぞー!」

「はい!」

 威勢のいい声が飛び交っている。

「奴ら、使えるようになってきたじゃねえか」

「点がからいねぇ。あたしは思った以上に成長してくれたと思ってるよ」

「そうなのかもな。フランがのんびりしてるってことは」


 現状、彼女が直接手を入れているのはリューンのパシュランとダイナのカスタムジャーグだけ。それ以外は部下が彼女の作った手順書を頭に入れて新型機ジャーグもきっちり整備している。

 そのサポートに走り回っているのがプネッペンの元走り屋の少年少女で、立派に役に立っているらしい。彼女にとっては充分に戦力として機能しているようだ。


「リューンの兄貴、今日はずっと格納庫ハンガーに?」

 やってきたのはピスト・ビクトランである。

「兄貴ってお前、俺と同い年だって言ってんだろうが」

「でもさ、兄貴がここに引き込んだんだからリーダーだろ?」

「オリバーを忘れてやるなよ」

 リーダーのオリバーは十八。二人の二つ上である。

「元リーダーは後輩になっちまったんだから兄貴のほうが上じゃん」

「先輩後輩もねえだろ。組んでるわけじゃねえし」


 強さでリーダーにのし上がったオリバーは一目置かれるだけあって、適性検査の末にパイロット候補生として取り上げられ、初陣を済ませたばかりなのである。一緒にピストと仲の良かったネイツェも適性を認められ、訓練と体力トレーニングに明け暮れている。


「それよりさ、パシュランの左腕の具合はどうだ? 悪くないだろ。俺が調整したんだぜ?」

 自慢げである。

「フランに張り付かれて尻を蹴られながらだろうが? 心配なんぞしてねえよ」

「見てたのかよ!」

「想像がつくって言ってんだ」

 口元にはニヤニヤ笑いが貼り付いている。ペスはお腹を抱えている。

「お前も立派な機械マニアになっちまったな。バイクをあんなに泣かしていた馬鹿野郎が」

「うっ、それを言わないでくれよ。なんなら今のバイクを見てみろって。最高の状態にしてあるんだぜ」

「転がしもしねえバイクに触っている暇があんなら身体を休めろってんだ」

 今は部品庫の片隅に置かれているだけのバイクだ。

「そういっても、アームドスキンを自分の好き勝手にいじるわけにはいかないじゃんさぁ」

「物足りねえなら新しいことをさせろって言やあいいじゃねえか?」

「基本がマスターできてからって叱られるから! そういうとこで努力するしかないんだって」

 自発的な努力らしい。何を遠慮しているのか理解に苦しむリューンは大きな溜息を吐いて肩を竦める。


 それをフランソワがニヤニヤと笑いながら見ている。何か言いたげな様子に彼は視線を向けた。


「そういう坊やだって、朝に艦橋ブリッジから見えにくい甲板デッキ上をもくもくと走ってんじゃないのさ」

「げっ!」

 矛先が自分に向いて動揺する。

「誰も気付かないと思ってんのかい? あんたは艦橋要員の間だって評判は悪くないんだよ。約一名を除いて、見掛けに拠らず努力家だって噂になってる」

「マジか……」

 気付かれないとは思っていなかったが、噂になっているとまでは予想だにしていなかった。

「なんだよ。兄貴だってこそこそやってんじゃん」

「うるせ! 死にたくねえからやってるだけだ。こいつを銀色の棺桶にしたくなきゃ、体力はいくらでも必要なんだよ!」


 アームドスキンに触れるようになって鍛える必要性を感じてから努力は続けている。そんなに筋肉が付くタイプじゃないが、体格はひと回り大きくなった。

 体重はぐんと増え、身長も伸びている。近いうちにエルシには追いつけそうでひそかに楽しみにしていた。それでもフランソワにはなかなか追いつけそうにないが。


「ピストー! 例のやつ、教えろよ!」

 その少年は無重力タンブラーを振り回しながらやってきた。

「自分で頑張ってみるって言ってたじゃんかよぉ」

「でも、分からなくってだんだん苛々してきちまって叱られた。うげ、剣王!」

 整備班長の影に彼が居たのに気付いていなかったらしい。

「一遍やるって言ったんなら根性入れて貫けってんだ」

「いや、でも……、俺って褒められて伸びるタイプだし」

「黙れ! 褒めて伸びる奴は褒めなくたって自分で伸びる。手前ぇみてえに自分を『褒められて伸びるタイプです』とかいう甘ったれた奴はへし折れるくれえに叩いてやんなきゃ伸びねえんだよ!」


 そこでフランソワが手をパンパンと叩き会話を止めた。件の少年に手招きをして呼び寄せる。


「どこが分からないんだい? 教えてやるけどちょっと厳しいよ」

 彼はびくりと震える。

「お前、馬鹿だなぁ」

「何なに? 俺、失敗した!?」


 冷たい金属の空間に暖かい笑いが響き渡っていた。

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