解放攻勢(9)

 大型戦艦ベゼルドラナンには、十分なメンテナンススペースを取っても三十機のアームドスキンが搭載できる。それだけに格納庫ハンガーも広い。

 普段はあまり開放されることはないが、隔壁を全開にすればその向こうには空挺機甲車もずらりと並んでいる。


 それら全ての整備を取り仕切っているのがフランソワ・レルベッテンであり、彼女の指揮下で二百名の整備士が動くのだ。平常時は交代制だが、戦闘時となればそのほぼ全員がここで働いている。

 今は平常時なためにそれほどの緊張感はなく比較的穏やかであろう。それでも各班長の怒号は時折り聞こえる環境である。


 その空間に二十六名の少年少女が並んでいる。たまに響く怒鳴り声にぴくりと反応するものの、全体にだらけた空気が流れていた。

 何をするにせよ早くしてくれという投げやりな雰囲気を醸し出している者が多い。彼らを前にフランソワはどうしてやろうかと考えていた。


「つまんない話はやめてくれよ、おばさん」

「早いとこ何するのか教えろよ。働く気は一応あるから」

 先行きが不安である。

「それより、さっき食わしてもらったメシが毎回食えるんだったら正解だったんじゃね?」

「割と良かったよな。メニューも豊富だったし」

「結構量もあったね。あたし、お腹いっぱいで眠くなってきちゃったかも」

 私語も多く、本当に頑張ろうという姿勢には乏しい。

「お前ら、ほどほどにしとけ。受け入れてくれたんだからな」

「そうだぜ。真面目にやるって決めたろ? みんなで話し合っ……」

「整列!」

 リーダー格のオリバーという少年と、ピストと名乗った少年を中心として数名がとりなそうとしているところへ凛と怒号が飛ぶ。

「手前ぇら、ピシッとしろ、ピシッと!」


 スキンスーツにブルゾンを羽織り、オレンジに近い髪をなびかせながら少年がやってきた。ぐだぐだな様子の彼らを、柳眉を逆立て睨み付けている。


「来てくれたのかい?」

 自分が怒鳴ろうかと思っていたところにやってきたリューン。

「ちっとは責任があるから気合い入れとこうと思ってな」

「そうかい」

 彼がどうするのか興味があったので任せることにした。


 反骨心は一人前の少年が居丈高な態度に舌打ちをする。リューンはその少年の前までゆっくりと歩くと前髪を掴んで頭突きをくらわした。

 重い音がし、額を押さえて苦悶する。だが、彼は前髪を放さず涙目の少年を上向かせる。細めた目の迫力に押し黙る一同。


「いいことを教えてやるからよーく聞いとけ」

 少年を放すと腕組みをして見回す。

「乗り込む時にこの戦艦を見たな? でかいと思ったろ。こんなもんが飛んでりゃ無敵だって感じた奴も居たはずだ」

 頷く顔も目立つ。

「それでも戦場だとこいつは簡単に爆沈する。対消滅炉エンジンを撃ち抜かれりゃあっという間にだ。もし、手前ぇらがここで働いてりゃそん時は確実に死ぬ。下手すりゃ痛いって感じる暇もねえほど一瞬でな」

 突き付けられた現実に息を飲む。不安に視線が彷徨う。

「ノリや勢いでここに居て、適当に手を抜いた仕事でいいと思ってるんなら大間違いだ。実効支配から抜け出られた時に勝者の側に立ってはいられねえぞ」

 図星を指された者は何とも言えない表情になる。

「あの暴力機械アームドスキンの列は手前ぇらの手抜きの所為でポンポンと弾けとぶ。そんで、やってきた敵機のうちの一人が人差し指にちょっと力を入れただけで人生は終わり。なかなか笑える話だろう?」


 少女たちの中から小さな悲鳴が上がり、少年たちは「笑えるか!」「冗談になってない!」と騒ぎ立てる。それもリューンが足を踏み鳴らすと押し黙った。


「失敗したと思ったなら尻尾を巻いてさっさと逃げろ。そうじゃねえなら覚悟を決めやがれ。ちょっとでも英雄の一員になりたいと思ってんなら本気で挑め」

 彼らの目の色が変わってくる。

「自分の未来を自分で決めたいなら死ぬ気でやってみろ。手前ぇらは自由が欲しいのか? 自分の手で掴みてえのか? どうなんだ!」

「欲しい! 自分で未来を作りたい!」

「本気でやるよ……、やります!」


 いくつもの声が上がる。押し留めていた欲求があふれ出てくる。熱は広がり、少年少女の瞳に覇気が宿る。


「じゃあ、やって見せろ。まずはフランの命令通りに動け。逆らったやつは……、しめる!」

 程よく熱されたところで冷水を浴びせられた。彼らは青褪めている。

「こらこら、そんなに言うもんじゃないよ。あんたたちも、何も分からないんだからちょっとずつ憶えればいいからね。先輩はそこら中にいるから遠慮なく訊きな」

「何だよ。甘やかすなぁ」

 リューンは肩を竦めている。

「それに働き場所はここだけじゃない。そのうちにひと通りテストはさせてもらうからね。適性があったらパイロット候補として訓練もしてもらう」

「パイロット!」

「それだ!」

 やはり花形に思えるのだろう。最も死に近い場所へと目が向いているのは子供っぽいと思ってしまう。

「それなら先にテストしてくれよ。整備の仕事憶えなくてもいいじゃん」

「そうでもないよ。アームドスキンの構造を知るのもパイロットの勉強になる。実際にリューンは手伝ってるし、戦場から帰ってきた時は自分で全部補充してるんだからね。命預けるんなら本気で向き合うべきじゃないかい?」

 視線が彼に集まる。

「ばらすなよ。恥ずかしいじゃねえか」

「どうせすぐにばれるじゃないのさ」


 身体ごと背けて後ろ頭を掻くあたりは彼も子供だとフランソワは思った。

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