解放攻勢(10)

「悪役ごくろうさま、お兄ちゃん」


 待ち受けていたフィーナに皮肉られた。こっそりと覗かれていたらしい。

 近付いて軽く握った拳を舌をちょろりと出す妹の頭に落とすと、陰にはエルシまでいるのに気付き顔を顰めてしまう。


「突き放さなくても良かったのではなくて?」

 足場固めのために味方にしろと言いたいのだろう。

「できるか、そんなん。俺なんぞに付いてくりゃ、一番ヤベえとこまで付き合わせる羽目になっちまうだろ?」

「彼らが望んでも?」

「今はまだどこに足踏み込んだか分かっちゃねえじゃねえか。覚悟が決まって、それでもっていうんなら考える」

 彼女の口元が微笑みに変わり、長いダークブロンドを軽く手で背中に流しながら視線を外す。納得したらしい。

「何に惹かれているのかも分かっておあげなさい」

「俺にとっちゃあ厄介なだけなんだがよ」

「何なに? 何の話?」

 食い付いてきたフィーナの頭をポンポンとして誤魔化すと背中を押した。


 あとはフランソワに任せればいいとリューンは思っている。


   ◇      ◇      ◇


 数時間後、格納庫ハンガーの床には少年少女が死屍累々と横たわっている。荒い息を吐きながら、金属メッシュの冷たさを味わっているかのように。

 ピストも頬に当たる金属の感触がありがたいと感じている一人だった。


 宇宙なら0.1Gに制御されているので幾分かは楽らしいが、生憎とここは地上である。手で持てる重さの部品は持たされる。しかも基本は駆け足。一人脱落し二人脱落し、結局は全員が床を舐める状態に陥っているのだった。


「だらしないね。若いのにバイクばかり転がしてるからそうなっちまうんだよ」

 フランソワにからからと笑われる。

「まだ仕事はあるよ。食った分は働きな」

「マジかよー」

 そこここから悲鳴が上がる。怒鳴られないのは仕方ないと思われているからか。


「大丈夫?」

 声が掛けられた。柔らかな声音にピストは顔を上げる。

「え? あ!」

「飲んで。冷たいよ」

 無重力タンブラーの吸い口から入り込んでくる冷たさが全身に広がっていく。


 改めて見上げると、少し丸顔だが柔和な印象の強い美しい女性が心配そうに見つめている。σシグマ・ルーンは他のパイロットが着けているものと同じなので彼女もそうなのだろうと思う。

 スキンスーツの描く曲線は起伏に富み、少年の心を騒がせるには十分過ぎる肉感を備えていた。途端に醜態をさらしているのが恥ずかしくなる。


「無理しなくていいわ」

 身を起こそうとすると優しく制止される。

「まだやります。やるって決めたんで」

「頑張れ、少年」

 その笑顔にせっかく冷めた身体がまた熱くなりそうだ。

「そっちも動けそうかい、チェスカ?」

「うん、頑張るみたい」


 潰れていた仲間たちもそれぞれに介抱されている。ほとんどが整備士に助け起こされているが、ピストの場合はたまたま彼女だったようだ。


「あなたは?」

 笑いそうになる膝に今は堪えてくれと願う。

「フランチェスカ。君は?」

「ピスト・ビクトランです」

「十五、六くらいでしょ? 若いなぁ」

 彼女の色んな所に視線が行くのを抑えるのに必死だ。

「フランチェスカさんも、その……、すごく綺麗です」

「褒められちゃった」

 笑顔がまぶしい。


 フランソワがやってきて、少し休んだら機体にも触らせてくれると告げられた。つい喜びを表してしまい、また笑われる。


「鍛えなよ。リューンはもっと動けたからね」

 体力でも負けているかと思うと少し悔しい。

「文句も多かったが、へばったりはしなかったよ」

「そうだったんですか」

「今じゃ手慣れたうちの連中並みに動けるね」

 似たようなものだと思っていただけに意外に感じる。

「あいつの真似なんてしちゃ駄目よ」

「え?」

「意固地なんだから困ったもんだねぇ」

 彼女はリューンを嫌っているという。

「歳下でパイロット歴でも下なのに敬意も何にもないんだもん!」

「仕方ないよ。あの子はそうするしかないのさ」


 彼はアルミナ人なのだそうだ。訳ありで居られなくなってXFiゼフィに入ったらしく、力を示さなければ居場所はなくなる。

 居丈高なのは元からの性分で虚勢とは違うみたいだが、存在を誇示できなければ立場が苦しくなるだろうと整備班長は言う。


「そうだったんですか」

 腑に落ちた感じがする。

「真似しなくていいのは本当。見てるもんが違うからね」

「そうそう、あいつと同じにならないでね」


 もっと知りたいと思う。そもそも足りないものが多過ぎる。広がる世界にピストは決意を新たにした。


   ◇      ◇      ◇


 彼のアームドスキン、ローディカは非常に目立つ。軽口に悪ノリした整備士たちが好き勝手に塗りたくったり、イラストを入れたりしているからだ。

 それをエフィ・チャンボローは喜んで受け入れる。彼自身、目立つのは好きだし、目立てば敵は寄ってくる。結果として戦果は上がっていくのだ。


「はいはい、僕が来たからには安心していいよー」

 部隊回線へと呼び掛ける。

「なんなら今日中にプネッペンを取り返しちゃおうぜ。今夜は祝杯だ。でも、可愛い彼女たちに誘われちゃったりしたら外させてもらうけどねー」


 あくまで軽いノリに反応はない。皆、緊張しているのだろう。

 既に風に乗ってターナミストが検知されている。プネッペンにほど近いこの基地をXFiゼフィの新造戦艦は攻略目標と定めたらしい。


「さあ、楽しいバトルの時間だよ。かわい娘ちゃんたち、僕に注目!」

 ビームカノンを振ってアピール。

「って、なんだあれ?」


 先頭を切って迫ってくるのは眩いばかりの銀色のアームドスキンだった。

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