解放攻勢(7)

 宙に浮いてイオンジェットを瞬かせるアームドスキンは当然のようにバイクより速い。逃げ惑う人々を傷付けさせないためには小路に入り込んで避けるのも無理。ピストは覆いかぶさる影に恐怖した。


(潰される!)

 歯を食い縛って覚悟を決める。

 しかし、後方ですさまじい激突音がしたかと思うと彼は影から抜け出ていた。


「よくやったな、手前ぇら」

 警察機の一機が逆に路面に踏みつけられている。その上に乗っているのは眩いばかりの銀色のアームドスキンだった。

「上出来だ。見直したぜ」

 推進機らしい背中の隆起で回転した物は頭部の横に突き出された。それを手に取ると、透過性の薄黄色い剣身が形成される。


(一瞬の躊躇も無しか!)

 落とされた剣身は背中から胸の中心辺りを貫いている。そこには人が乗っているはずなのに。


「来いよ、雑魚どもが。俺様が相手してやる」

 左手にも長大な剣を握ったアームドスキンは堂々と宣言した。


 警察機が振り下ろした光刃は跳ね上げた剣身が弾き飛ばす。左の剣身が音もなく走ると頭部がくるくると宙を舞った。その間に懐へと入った銀光は胸部を下から真一文字に斬り裂く。

 力無く倒れる機体を押し退けて前に出ると、突き出されるバルカンファランクスを削ぎながら迫り右腕を斬り落とした。そのままの姿勢から踏み込み、胸部に肘打ちを入れて押し倒す。

 剣を逆手にしてコクピットだけを貫いた銀色のアームドスキンのハッチが開くと、パイロットシートが突き出されてくる。


「どうだ。いい気分だろう?」

 外されたヘルメットの下から印象的なオレンジの髪が広がった。

「お前は!」

「その感覚、忘れんなよ」

「待ってくれ!」

 胸のもやもやの原因が現れたのだ。反射的に呼び止める。

「待てねえ。俺様は忙しいんだ」

「お前の所為で覚悟を決めたんだから少しは構えよ!」

「知るか。あとは勝手にしろ」

 一顧だにせず機体を浮かせる。

「次は軍の連中と遊んでやらなきゃなんねえんだよ」


(本気か!?)

 彼の真似をして切った啖呵が恥ずかしくなる。本物は遥かに上を行くものと戦っているのだ。


 跳ね上がってイオンジェットの光を吐き出した銀色のアームドスキンは西へ進路を取り街の外へと向かっていった。ピストは心が命じるままにその姿を追う。


「追い掛けるの?」

 仲間のバイクが並んでくる。

「ああ、ネイツェ。気になる。あいつが何をするのか見てみたい」

「よーし、追うぜー!」


 オリバーの号令でバイクの一団は機影を追って西に向かう。


   ◇      ◇      ◇


「重力場レーダーの反応はそのまま接近中。数は三十機まで確認よ、お兄ちゃん」

 フィーナのナビゲート通りに西へ向かっている。

「悪ぃがダイナかルッティに応援を頼んでくれねえか? おまけが付いちまった。抜かれるのはマズい」

「おまけ? どっちにしても敵部隊とプネッペンで交戦できないから急行してるよ」

「じゃあ、ちっとばかし急かせるだけでいい。一発かまして崩しとくから仕掛けろってな」

 ビル群の狭間から緑地帯まで抜けると光学観測器が敵機を捉えた。

「伝えてもらったー。ダイナさんが『全部食うな』って」

「そんなに大食いじゃねえ。だがよ、パシュランの実戦慣らしには付き合ってもらわねえとな」


 ジャーグに比べると少し重さは感じる。しかし、組み付いたときにその重さが利点になる。力任せに押し込めるのはリューンの性分に合っている。


「俺の食い残しをくれてやるよ」

 彼の戦意に反応してバイザーがカメラアイの位置まで落ちる。スリットの奥に保護された格好だが、そのスリットもただの隙間ではなく力場による防御機構が働いていると聞いている。

「もー、そんな憎まれ口利いてたらまた叱られるんだからー」

「言わせとけ」


 空き地に足跡を刻むとパシュランは大きく飛び立った。


   ◇      ◇      ◇


 プネッペン外周の緑地帯を抜けて視界が開けると意外と近くで戦闘が行われている。モバイルのカメラを向けて望遠映像を2Dパネルで投影させると十分に観戦できる位置だ。


(軍用機と戦ってるぞ。あいつ、本当にXFiゼフィのパイロットだったんだな。あれは偵察だったのか)

 単なる気晴らしの一環だとはピストには知る由もない。


 それにしても正気を疑うような光景だ。ビームが交錯する戦場で、両手に剣だけを構えて突っ込んでいっている。腋の下から細いビームを時折り放っているが、それが決定打にはなっていないのも分かる。


(覚悟が違う。あんな場所を知っているなら俺らとの喧嘩なんて遊びに思えても仕方ない。説教されて当然だ)

 そうも思うが、同年代と感じる容姿だった。

(どんな人生を歩めばあんなになるって言うんだよ)

 想像も及ばない。


 その一撃で人生が終わると分かっているのに銀色の機体は臆することなく剣身を振るう。ビームが斬り裂かれて二つに分かれると減衰拡散してしまう。

 進む先にはいくつもの砲口が待ち構えているのに迷うことなく踏み込んでいく。文字通り命懸けの場所だ。敗者は爆炎と青白い閃光に包まれて消えていく。


「あっ! 味方の増援!」

 傍らのネイツェも彼を応援しているらしい。

「また一機撃墜した! あいつ、強いねぇ」

「ああ」

「勝てそうでホッとした?」

 頷く口元には知らず笑みが浮いている。


 長じて擦り減り失われつつあった、幼い頃に覚えた興奮が甦ってくるのをピストは感じていた。

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