第五話
解放攻勢(1)
「アルミナの暴虐に敢然と立ち向かい、自由の歌を高らかに謳い上げましょう!」
壇上では演説を要請されたトルメア・アディドが締め括り、万雷の拍手に包まれている。
「なー、エルシ」
「何かしら?」
だらしなく椅子に腰掛けているリューンは問い掛ける。
「あんなもん、いつから造ってたんだ?」
「二、三日で造れるものではないわね」
現在は進宙式典の最中である。彼らの横には全長が490mに及ぶ巨大戦艦が浮き、固定アームで保持されていた。
「我らの崇高なる使命を全うすべく、全身全霊をかけて解放への戦いに殉じ……」
次に壇上に上がった
「ラングーンが沈むと思ってたのかよ?」
物騒な質問を投げ掛ける。
「私の計算では40%近い確率であり得ることだと思っていたわ。少なくともゼフォーン側のジャンプグリッドを占拠しない状態でアルミナへ侵入するなんて暴挙に等しいでしょう?」
「お前、俺を引っ張り込むために賛成したって聞いたぜ?」
「便乗しただけ。元は私を含めた少人数のチームで潜入する気だったの。あなたが加われば帰還率が上がるとは思ったんだけど、あの艦では激戦に耐えられなかったみたいね。こっちで長く運用していたし」
進宙するのは戦艦ベゼルドラナン。戦闘空母ラングーンと異なり、その名の通り戦艦。今回はアームドスキン隊とは別に陸戦部隊も常駐することになっている。宇宙軍ではそう分類するのが慣例となっているらしい。
「向こうで沈んでたらどうする気だったんだっつーの」
その圧倒的な威容を横目に見ながら愚痴る。
「その時は少人数に分かれて民間船舶なりに潜り込んで帰還する手筈まで練ってあったわよ?」
「手抜かりねえな」
全てを見越して戦艦の建造計画まで着手していたようだ。リューンは手際の良さに舌を巻く。
確かにアルミナとゼフォーンの間の流通は活発だ。主に食料が多量にアルミナに運び込まれている。合成肉が当たり前の現在、過酷な労働環境で生産された天然肉がアルミナへと流れているようだ。
政府はもちろん、民間も入り混じる交易航路には雑多な船舶が運行されており、そこに紛れ込むのはそう難しくないだろう。
「天然肉なんて拝んだこともねえがよ」
彼は皮肉を口にする。
「アルミナ全土に行き渡るような流通量ではないわね。中央政府周辺や財界とかで消費されているんじゃないかしら」
「贅沢してんのは上の連中だけってか」
肩を竦めたリューンが、フィーナの膝で大人しくしているペコを構っているうちに式典は終了して皆が席を立つ。すると、待っていましたとばかりに幾人もがエルシへ向けて殺到する。
「この度はご無事の帰還、誠に喜ばしい」
ちょび髭の太めの中年男が笑みを浮かべて言葉を掛ける。
「ありがとうございます、レンフォード社長」
「出航時は不安でなりませんでしたがさすがフェトレル女史、あなたの慧眼には生還までの道筋が描かれていたのでしょうな?」
「いいえ、様々な状況に対応するプランを準備し幾重にも保険をかけておいただけですわ。その一つがお願いしておいた定期船への便乗。使わないで済みましたが快諾してくださって感謝しております」
彼が伝手の一人だったらしい。会話の内容からしてアルミナ王国側にも拠点を持つ商社か何かであろう。
「彼は私が支援する少年です。優秀なパイロットでしてよ?」
目で促されたのに応じてエルシが答える。
「聞き及びましたぞ。『剣王』と呼ばれるようになった彼のことも」
「耳がお早いですわね。ふふふ」
彼女の蠱惑的な笑みに一瞬目を奪われているが、気を取り直したようだ。
「今後の活躍に期待いたしましょう」
「ええ、なかなかの癇性で困っておりますが。リューン、この方はレンフォード社長。さっき話した天然肉を扱っている方よ」
「ああ。てーことは搾取の親玉か。二枚舌もいいとこじゃねーか」
彼は冷たい視線を送る。
かたやゼフォーン国民を安価な労働力として扱い、かたや機運高まる解放運動に投資する。リューンにはあざとく立ち回る人物にしか見えない。
「なるほど。おっしゃる通りの難物ですな」
予想と違って怒り出さないのに彼は驚きを覚えたが隠し通す。
「そう思えるくらいでちょうどいいのだよ、少年」
「ああ?」
「絡繰りがあるのよ、リューン」
レンフォード氏の会社では従業員全てが社宅住まいという。そこは無償貸与で、食料や日用品も常識を超えない量や高級品でない限りは支給されるらしい。
つまり従業員は生活を保障された上で働く。表向きの少ない給与は貯蓄に充てるなり遊興に充てるなり自由というわけだ。
「そうやってアルミナの目を誤魔化しながらゼフォーン国民の保護をしていらっしゃるの」
エルシの説明を大人しく聞いていたが疑問にもぶつかる。
「それだと儲けをそっちに充当してんだろ? 税金まで肩代わりしてるようなもんじゃねえか。やっていけんのか?」
「女史にお借りしている技術はそれを生み出せるのだ。それなくば私も今の半分以下に事業を縮小せねばやっていけんだろうがね」
アルミナはこの国の経済が回復することで、また軍国化への道を歩むのを危惧して統制しているつもりなのだろう。企業にも締め付けを強いているのかもしれない。
彼は両国間の関係を利用して国民の保護に貢献してきたらしい。その上で生み出された利益から解放運動の支援までしているのだ。
「リューン・バレルだ。よろしく頼む」
敬意を差し出した手で表す。
「頑張ってくれたまえ。ゼフォーンが普通の国に戻れる日が来るように」
彼は握り合った手からその思いを受け取った。
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