ゼフォーンへ(10)

 青と緑の惑星ほしへと戦闘空母ラングーンは降下を始めている。しかし、その艦体にはいくつものビーム痕があり、穴の内側で時折り光が明滅しているのが見える。


「すまない。一部の組が崩壊して入り込まれた。直撃はしなかったが、対消滅炉エンジン付近を掠めた。既に半暴走状態らしい」

 ダイナの告げた事実に困惑する。

「もう誘爆すんのか?」

「もう数分程度は持ち堪えるみたいで、総員に退艦命令が出ている」


 既にパージされた装甲板が重力に飲まれて赤熱しながら地上へと向かっている。その個所から脱出艇が離艦するようだ。


「どこだ、フィーナ!」

 リューンは切羽詰まった声で呼び掛ける。

「まだ艦橋ブリッジ。お兄ちゃんは無事なんだ。良かった」

「良くねえ! さっさと逃げろ!」

「通路が直撃されたんだって。脱出艇が発艦したら回ってくれるはず」

 艦橋を覗くと全員がヘルメットまで装着している。既に空気は失われているらしい。

「間に合うか! 出てこい。俺が拾う」

「待ちなさい。今、艦橋の重力端子グラビッツを切る操作をしているわ」


 脱出ハッチから身を乗り出しても人口重力圏内では艦から離れられない。ハッチが開放されて艦橋のルーフに出ている要員もそこから動けないでいる。

 取り付いたダイナのルファングが教授プロフェッサーと何名かをいち早く収容しているようだが、フィーナもエルシもまだ出てきていないらしい。


(このクズ野郎が。真っ先に逃げ出しやがって)

 忌々しく思いながらも順番を待つしかない。


「切ったわよ。あなたが回収してくれるのかしら?」

 エルシが視線を送ってくる。

「冗談言ってねえで早く出てこい」

「じゃあ、エスコートを頼むわね」


 ハッチを開けると、やっと脱出してきたフィーナが飛び込んで抱き付いてきた。やはり相当に不安だったらしい。途中からそれを押し殺してナビゲートしていたのだろう。


「よく我慢した。もう心配ねえからな」

 ヘルメットの中に水滴が舞っている。

「うん……」

「ちょっと待ってろ。他も拾う」

 床にしゃがませて遊泳してきたエルシの手を取って引っ張り込む。

「お迎えありがとう」

「高くつくからな?」

「もちろんお礼は準備してあってよ」

 同じく座らせると、浅黒い肌の男も手招きする。

「お前も来いよ。エルシの護衛なんだろ? 一緒じゃなきゃ具合が悪いんじゃねえか?」

「いいのか? 君には嫌われていると思っていたんだがな」

「そんな尻の穴の小せえ奴だと思ってんのか?」

 ヴェート・モナッキも招き入れる。彼はすぐにエルシの身体を支えていた。

「よし、降りるぜ」

「ワン!」

 膝の上でフィーナに抱いて連れてこられたペコが吠えて返事する。


 最後のオルテシオ艦長を収容するアルタミラに場所を譲ってラングーンから離れると、複数の脱出艇が降下態勢に入ろうとしているところだった。


「何してやがる!」

 リューンは呆れる。一艇のルーフに貼り付いたスキンスーツが誘導灯で方向を示しながら導いている。

「馬鹿なことしてんじゃねえぞ、フラン!」

「おや、坊やかい?」

「中に乗れ。そんなところに掴まってたって無事に降下できるわけないだろうが」

「そうは言ってもね、満員なのさ」


 確かに脱出艇の中はぎゅうぎゅう詰めに人が乗っている。それは救助者たちだ。何も無ければ多少は余裕があるはずの脱出艇も、彼らまで合わせると乗り切れなかったらしい。


「それに操縦者が素人でね、誘導してやらないとちゃんと目的地に降ろせない」

 アルミナ支配圏に降下しては意味がない。

「そいつは俺が降ろす。いいからこっちにきやがれ!」

「でもねぇ」

「小突かねえと黙って乗れねえのか?」

 手を伸ばして脅す。

「ごめんごめん、任せるよ」

「最初からそう言え」

 フランソワ整備班長が乗ってくるとさすがに狭い。

「申し訳ないね」

「あんたには俺の剣を研いでもらわなきゃなんねえんだからよ」


 その脱出艇に取り付いたところでエルシが「ラングーン、沈むわよ」と宣言する。後部から爆炎を放ちながら形が崩壊していった。


「このままじゃマズいな。ジェットシールド、制限解除。最大展開」

『最大展開します』


 抱きかかえた艇をシールドで守ると同時にラングーンは巨大な火球に変わった。衝撃波が双方を揺らす。熱波が通り過ぎたらシールドを解除して、内部機構の溶けたシールドコアをパージした。


「あれ、お兄ちゃんよ」

「ほんと? お兄ちゃん?」

 艇内でミックが手を振っている。それにリューンはジャーグの目を明滅させて応えた。

「大人しくしてろよ、ミック。俺が無事に降ろしてやっから心配ねえぞ」

「ほんとだー! ママ、お兄ちゃんが連れていってくれるって!」

「そうね」


 ジャーグは背面を下に、赤熱しない程度の速度で降下を始める。エルシがコンソールに表示させた軌道要素に従い、推進機ラウンダーテールを噴かす。

 後部ウインドウを前に滑らせると緑に包まれた地表が少しずつ近付いてくるのが分かった。


「綺麗な惑星ほし

 フィーナがぽつりと言う。

「アルミナは緑が少ないものね。ゼフォーンは手を加える必要がないほどの惑星だったのよ」

「王家の連中はこの光景が妬ましかったのかもしれねえな」


 地表近くで脱出艇を放すとふわりと着地した。しかし、降下中に誘爆警報が出て右膝から下をパージしたジャーグはふらついて尻餅をつく。

 ハッチを開くとヴェートの手を借りてエルシが外を覗く。フィーナはフランソワと抱き合って喜んでいた。

 パイロットシートを前へとスライドさせると、視界いっぱいに緑の平原が広がる。ヘルメットを脱ぐと爽やかな空気が鼻腔をくすぐった。


「無事に着いたぜー! 俺様の勝ちだー!」


 腕を振り上げて吠えると、脱出艇の人々も歓声で応えた。



※ 次回更新は『ゼムナ戦記 神話の時代』第五話「緩やかなる崩壊」になります。

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