ゼフォーンへ(8)
帰投後もリューンは精力的に働く。
反物質コンデンサパックの交換や推進用、武装用の重金属ロッドの換装、そして予備の補充と、自分でできることは何でもやる。またすぐに出撃が掛かったとしてもまともに戦える準備だけはしっかりと整えたいのだ。
戻ったばかりのパイロットが気力を使い果たしてへたり込む姿も見られるが、兄はどんなに疲れていてもそれは欠かさない。バイクに乗って帰ってきた後も電池用燃料の補充と各部の点検だけは続けていたのを知っているフィーナにとってそれは常識のようなものだった。
「あーあ」
その後は部屋に戻って糸が切れたようにベッドへと直行して眠っていたようで、枕に突っ伏していた。
「重たいよ」
外へはみ出していた足を持ち上げてベッドに乗せる。
「お疲れ様」
起こさないよう、肩にそっと手を置いて耳元に囁く。
ところがそこで顔を顰めて鼻を押さえ跳ね起きた。
「臭っ!」
◇ ◇ ◇
一時間で目覚めたリューンは、フィーナが準備していた食事を猛然と片付け始める。あっという間に消えていく食料と飲み物を補充するのに忙しくて仕方なかった。
「食べたいだけ食べたら絶対にシャワーを浴びてね、お兄ちゃん。めちゃくちゃ汗臭いよ!」
どうにも我慢ならない。今はスライダーを下げて軽くはだけているので、傍に居るだけで匂ってくる。
「しゃーねーだろ? あんだけがっつり長時間戦闘だと汗だくになんだよ! いくらスキンスーツに調整機構が付いていても冷やし切れるもんかよ!」
「分かってる。分かってるから、こまめに清潔にして。きちんと洗ってね!」
「ちゃんと洗うって! うるせえなぁ」
男性とはどうしてこうも匂いに無頓着なのだろうかと思う。今もそれなりに匂っているはずなのに、それでも物が食べられるのが信じられない。
「頑張ってくれているのは嬉しいからあまり言いたくないけど、いくら何でもそれは無理。スキンスーツもウォッシャー行きだからね」
できるだけ優しい声を出す。
「着替える。確かに臭え」
「アンダーもよ」
「むしろそっちがヤベえな」
トップスを抓んで鼻を近付けて苦笑している。
吸湿性の高いアンダースーツだけに匂いが凝縮されているのかもしれない。
アンダーパンツには別の機能も付いていて、そちらのほうはどうなのか気になって使用したのか尋ねてみた。
「ああ、オムツな。こんだけ汗かくんだから使う暇なんかねえよ。いつ使うんだろうな、これ?」
そう言われて赤面してしまう。
アンダーパンツには排泄受容機能がある。小用だけだが、取り付けられている高分子積層ポリマーが吸い取ってくれて不快感を与えない構造を持っていた。
「わたし、今日使ったもん……」
リューンは意表を突かれた顔で二度見した。
「だって、ジャンプグリッド手前の待機状態からずっと緊張してて、到達後の長い戦闘まで続いてたら我慢できなかったんだもん!」
「おお、そりゃそうだよな。たぶん、そんな状況のために付いてんだろうな。無きゃ不便だ、使え使え」
「なんか色々と失ったような気分になっちゃったよ」
味わった喪失感は半端ではなかった。
「気にすんなって。他の奴だって絶対に使ってんだ。お前だけじゃねえから心配なんか要らねえだろ?」
「ほんと? 軽蔑しない?」
「しないしない。漏らしたとか誰にも言わねえから」
言ってはならないことを言った。
「漏らしたって言うな―!」
振り上げられた拳を甘んじて受ける兄の周りを楽しそうにペスが飛び回り、ペコも駆け回っていた。
◇ ◇ ◇
ターナ
人工衛星の光学監視装置を誤魔化すためのミラーチャフはアルミナ軌道潜伏時に使い切っており、補給を受けるはずだった別働艦とのランデブーは叶わなかった。監視圏内に入れば直ちに軌道艦隊が迎撃に急行してくるだろう。
「ウッディーもナヒートも、リンダでさえ帰れなかったか」
ダイナチームでも年配のモルダイトが零している。連ねられる戦友の名にはやり切れない思いがこもっている。
前回の戦闘での未帰投は九機。搭載機は十七機にまで減っている。数十隻規模の軌道艦隊の一部とはいえ、その戦力で切り抜けなければならない。
「もう誰一人欠けることなく絶対に帰るぞ。
リーダーであるダイナの立場ではそうとしか言えない。それが難しい望みだと分かっていても。
「酒か。そいつも悪くねえな。なにせ無法地帯だろ?」
「お兄ちゃんは駄目。未成年!」
「無法地帯とは人聞きが悪いな。無政府状態なのは事実だけど秩序は保たれているぞ。物資にも案外苦労しないしな」
思っているほど荒廃はしていないらしい。
「しゃーねえ。食いもんで我慢してやるからきっちり仕事はしようぜ」
「当然だ。別に軌道艦隊を殲滅しろって言ってるんじゃない。支配圏に降下できれば俺たちの勝ちなんだからな」
ジャーグの整備は航行中の四日間で万全らしい。整備班長が行ってこいというように肩を叩いて離れた。
「ありがとな、フラン。代わりにお前に故郷の地を踏ませてやるから」
「生意気言ってんじゃないわよ。でも、坊やにしかできないんだから頼むよ」
任せろと拳を示す。
眼下の
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