ゼフォーンへ(6)
ワームホールの通過を人は様々に形容する。星が尾を引いて走ったとか、色粘土をこねたように宇宙がねじれたとか、足元の感覚が無くなって落ちたと思ったら元の位置に立っていたとか。
要するに通過中の僅かな時間は、人間の知覚が正常に働いていないことを示している。だからそれだけの個人差が見られるのだ。
(あ、もう飛んだんだ)
フィーナの場合は一瞬の酩酊感だけで終了だった。
星の配置が変わっているのまでは瞬時に認識できない。ただ、何か色が変わったように感じる。
人の視覚は便利なもので意識によって認識が変化する。粒の大きさでしかない衛星が視界を圧するように感じられることがあるように、遠い星雲の色を彼女はダイレクトに受け取って色の違いと感じているのだ。
「正常離脱。観測範囲内に敵影なし」
「非交戦宙域ぎりぎりで回り込め。アームドスキン隊、発進準備」
「総員、発進準備」
ラングーンがこの第三ジャンプグリッドを飛んだのは通達されているはず。こちら側の宇宙要塞から迎撃が出ていると思って間違いない。
「艦影確認。……戦闘空母、四」
暗澹たる空気が流れる。厳しい数字だ。
「戦闘痕発見。別働艦の残骸と思われます」
「やはり沈められていたか」
第五から侵入して第三ジャンプグリッドに抜けた別働艦二隻はここで撃沈されたらしい。全滅かどうかまでは不明だが現状は芳しくない。
「突破するかね? それともゼフォーン本星に救援を要請するかね?」
オルテシオ艦長は
「他の艦艇は占領地域の確保で動かせん。別働艦二隻とて無理に融通したのだ。ここは我らで突破して本星へと戻るしかない」
「では戦おう。本艦は非交戦宙域内に留まったまま、アームドスキン隊を先行させる。彼らが道を開き次第、ゼフォーンへ向けて全速で離脱する」
苦渋の決断となる。主戦力であるアームドスキンを捨て駒のように使わねば離脱もままならない。
(お兄ちゃんをあんな敵の中へ送り出さないといけないの?)
ラングーンを確認した敵艦隊はアームドスキンの展開を始めている。別働艦との戦闘で失われたのか総数で百には届かないようだが、三倍以上の敵である。
「フィーナ、躊躇うな」
艦とのデータリンクで情報が入ってきているはずのリューンが言ってくる。
「これくらいでやられるようじゃ先はねえ。俺は勝って帰る」
「うん、信じてる」
「厳しそうなところを伝えろ。お前が通る道は作ってやる」
(お兄ちゃんは嘘をつかない。いつも勝って帰ってきた。今回もきっと……)
フィーナは自分に言い聞かせる。
◇ ◇ ◇
宇宙空間で爆炎は持続しない。ターナ光の余韻が消えるまで十秒程度だろうと感じる。人ひとりの送り火にはあまりに短いかもしれない。
「墜ちやがれ!」
バルカンが被弾して動きが鈍った機体を両断する。
「うわあぁー!」
ハッチが開いてパイロットが姿を見せるが、
「足掻くぐらいなら俺の前に出てくるんじゃねえ!」
「無茶言わない。向こうは後方勤務の職業軍人。死ぬのが仕事だって言われ続けてきてても覚悟なんてできてないってば」
「そんなもの」
アルタミラに諭され、ペルセイエンにまでダメを押される。
「ちっ、悪役の気分だぜ」
「口調はまるっきり悪役じゃないの!」
棘のある台詞とともに金線がリューンを貫く。ペダルを踏みつけて躱すと、掠めたビームが突進してきていたファーレクを射抜く。フランチェスカの狙撃だ。
「うるせえ。俺の背中を狙うのだけは上手くなりやがって」
毒を吐きかける。
「
「もー、チェスカったら普段は大人しいのにリューンにだけは遠慮がないんだから。まるで恋人同士みたい」
「冗談でもやめて、ミント。どうして私がこんな不良と付き合わなくちゃいけないの!」
実に姦しい。
「戦場でガールズトークはやめてくれ。まだ敵は多いぞ」
「真面目にやりましょうよ」
ダイナに続いてフレッデンも乗ってくる。
「俺はいたって真面目だぜ、フレッド?」
「君は存在が非常識なんです」
「言われてらぁ」
敵のブレードを左のジェットシールドで受け、脇腹から背中へと貫く。その向こうから迫ってきた相手めがけて蹴りつけるが、敵機は弾いて吹き飛ばす。そのアームドスキンはファーレクよりパワーのあるローディカという機体。だからそんな真似もできるが重量はかさむために機動性は少々劣る。
「食らえ」
「なんだとぉー!」
至近からのビームを斬り裂き、振り下ろされたブレードも光刃を交差させて受けると、バク転するようにジャーグをロールさせつつ頭を蹴り抜く。視界を奪った一瞬に、そのまま回転して上体を縦真っ二つに斬る。
爆炎から逃れるように加速するとジャーグのブレードとイオンジェットの光に釣られるように敵機が集まってくる。
(きりがねえ)
リューンの口元には不敵な笑いが浮かんでいた。
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