ゼフォーンへ(5)
パイロットシートに身を置くリューンの横でエルシは管理用2D投映コンソールを立ち上げて作業をしている。
『
機体を立ち上げると同時にシンクロンの深度をチェックする。
「データの推移を見ているとかなりパイロット寄りになってきているわね。デフォルトの深度を高めに設定したほうがいいかしら?」
「機械がどう判断しているかまでは俺には解らねえ。問題無さそうならそうしてくれ。具合が悪いようだったら言う」
前者の場合、整合性の操作はシンクロンが行い実動作を統括する。後者は、パイロットに多くを依存するため、シンクロンはより多くのデータを転送する。多数は中間値付近に位置するものだが、中には前者のシンクロン深度をぐっと下げないといけないタイプや、後者の深度を上げておいたほうがいいタイプが存在する。
リューンは後者に分類され、シンクロン深度を上げておくべきタイプ。これをシンクロンが「パイロット寄りになる」と表現する。
「それにしてもお笑い草よね」
エルシは球面モニターの床面に立っている。少年より少しだけ背の高い彼女は、普段は視線が下向きになるが、今は少し見上げるように話し掛けている。
「誰が吹き込んだのかは知らないけれど、あなたがアルミナ人だなんてね」
「…………」
予想は付いているし釘も差しておいたのだが、それをおくびにも出さない。
「まあ、調べたところで、ご両親の経歴は簡単には出てこないでしょうけど」
「何を知ってる?」
低く抑えた、恫喝するような声音が返ってきた。
「そうね。あなたが思っているよりずっと多くを知っているわ」
「その上で近付いてきたとは思っていたが、何が望みだ? 俺に何をさせたい?」
「私の望みに応じろなんて言わないわ。あなたはあなたの役目を演じればいいの。そのサポートをするのが私の役目」
一瞬はあちら側の人間かと疑ったようだが、それなら要求してくるものがあるはずだと考え可能性を消したようだ。
「まるで俺が何のために生まれてきたかまで知ってるような口振りじゃねえか」
「或る意味ではそうよ。私が強引に巻き込んだかのように思っているかもしれないけど、遅かれ早かれ結果は変わらなかったはず。そうは思わなくて?」
「奴らが動くと思うか?」
思わせぶりな笑みで頷くと、リューンは顔を顰めて舌打ちをする。ここで現実から目を逸らしたがるようなタイプじゃないだろう。
「いつまでも放置しておいてくれるとは思えなくてよ」
事実を告げる。
「放っときゃ何を仕掛けてきたか分からねえな。その中で妹が利用される可能性は捨てきれねえ。ちっとは感謝してるって」
「受け取っておくわ」
「やたらと周りに噛み付くなってんなら自重する」
らしくない譲歩だ。それほどにフィーナの安全確保が重大事なのだろう。
「今回は人の欲を嘗め過ぎてたところがあるわね。それは謝っておくわ。これからは気を付けるから、自分のやり方を貫けば良くてよ?」
「まあな。他のやり方を知らねえし」
このさばけたところも彼の長所かもしれないとエルシは思う。
◇ ◇ ◇
国際法上の公共物とされるジャンプグリッド。大口径ビームの有効射程である1
ジャンプグリッドへの有効突入速度は秒速1~2
有効半径が約3kmのジャンプグリッド。突入方向に関して制限はなく、360°どの方向からでも作用するが、規定では恒星側が突入方向とされる。そうすると、どのジャンプグリッドでも反対側に離脱し、衝突事故が防止できるのだ。
この突入と離脱方向の関係は、恒星の重力に影響されていると推測され、公転速度に合わせて自転しているものと考えられていた。
星間交通の要所であるのは間違いなく、各国家とも目を光らせている。
ターナ
巡航速度から減速しつつジャンプグリッドに接近した戦闘空母ラングーンは、アルミナ軍の宇宙要塞から出撃するアームドスキン隊を嘲笑うかの如く非交戦宙域まで体よく侵入した。
「出撃せずに済んだな」
ダイナ・デズンが安堵の息を吐くとオペレーターのハーンが応じる。
「そのまま待機だ。陽動に動いていた別働艦との連絡が途絶えている。離脱先で何が起こっているか分からない」
「難しい状況だとは思ってる。いつでも出るぞ」
帰還もサポートする予定だった別働艦二隻との連絡が付かない。様々な状況が考えられるが、最悪の事態も想定しておかなければならないだろう。
緊張をはらんだままラングーンは、数百光年の距離を飛び越えた。
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