ゼフォーンへ(4)
「救助者が起こした騒動のことはご存じかしら、
斜め後ろへと軽く視線を流した。
「うむ、一応は耳に入れている。君には飼い犬を躾けるよう言っておいたつもりだが、今のところは上手くいっていないようだね?」
「あら、大人しい犬だって乱暴を働かれれば牙を剥くものでしてよ?」
「牙を剥いて威嚇する程度なら見逃せようが、噛み付くようでは困るのだがね」
相手の非を問うように肘掛けを指で忙しなく叩く。
「儂は詳しくは知らんのだが、何が起こっていたのか教えてくれんかね、女史」
オルテシオ艦長が髭をしごきつつ尋ねる。あまり艦橋を離れない彼では事情を聞く機会は少なかろう。
「なるほど。それならダイナの判断はそう間違っていなかったと思うがの、教授」
ひと通りエルシに聞いた彼は茶髪の紳士へと目を向ける。
「それに関しては私も否定はせん。だから艦内のことでも艦長にも説明しなかった。劣悪な環境に居たのだ。救助者は全体にストレス障害を抱えているだろう。或る程度は目こぼしすべきではないかな?」
「カウンセラーまで手配するのは無理というものよの。それでも貴殿が立案者、せめて諫めるくらいはせねばならんじゃろう」
「収監されていた被害者を隔離するのはお門違い。私なりに働きかけておこう」
すました顔で曖昧な回答をする。
「そうお願いしたいわね。同じ女の身では安心して眠れないのは困ります。総統として統率してくださいな。蛮族と呼ばれない程度には」
「その台詞はそのままお返ししておこう」
「あら、彼でしたら、理不尽な暴力は好まないようでしてよ。挑みかかってくれば断固たる対応をしますけど」
暴力には暴力を、武器には武器を。そして言葉には言葉を。リューンはその辺りは徹底していると思う。力無き者には優しく、鷹揚な対処をする。
だから教授のような人種がいくら噛み付こうが、暴力沙汰にはならないだろうと高を括っている。その点では心配は不要だろう。
「あの種の人間はどうにも理解できん。理性というものを母親の腹の中にでも忘れてきたのかね?」
見下すような発言が続く。
「人にはそれぞれ経てきた時間が有るでしょう? あなたがそうであり、わたくしがこうであるように、彼もそうなった理由があるのではなくて?」
「それが私にも理解できる理由であれば構わんのだがね」
(変わらない……、いえ変われないわね、凝り固まった人間というものは)
背中で聞きつつ考える。
(頭脳と理論と理念だけで駆け上ってきた人。自分にも足りないものがあるとは思わないのかしら? それは統率者として絶対に必要な素養だと思うのだけれど)
何かまで教えてやる気はない。それはおそらく彼の逆鱗だろう。
リューンと
「努力をお勧めします。少なくとも彼があなたの地位を脅かすようなことはありませんわ。要らぬ懸念を抱いたりしないようお願いしますわね?」
意味ありげな笑顔を振る舞いつつ。
「そうじゃの。いくら周りが騒ごうが、あのやんちゃ坊主は好んで人の上に立ちたいとは思うまい」
「あれにそんな器はあるまい」
エルシは吹き出すのを堪えるのに苦労した。
◇ ◇ ◇
トルメア・アディドはリューンたちの部屋を訪っている。代表としてではなく、個人的に謝罪にきたのだという。
「色々と複雑な心情があるの。少しだけでいいから慮ってあげてくれない?」
非常に言いにくそうだ。本音では全面的に悪いと思っているのだろうが、一方だけの肩を持てないのは大人な対応だと思える。
「恨みまで忘れろなんて言わねえよ。それだって大事な感情だ」
「それだけで生きているなんて思われたくはないけど、立ち上がる勇気の拠り所として必要なものなの。それ無しじゃ折れてしまうわ」
「身体が戻ってきた分、今が一番しんどいかもしれねえな。俺のほうからは刺激しねえようにするさ」
ミックとペコが戯れるのをフィーナは見守っている。彼女の中の恐怖感が全て消えたとは思えないが、男性へのトラウマになるほどではなかったようだ。しばらくはドアのロックを忘れることはないだろうし、彼からも強く言ってある。
「あんたは立派だな」
自嘲気味に告げる。
「過去に何があろうとちゃんと前を向いてる。着実に歩いていけるタイプだ」
「そう? 君だって年齢の割に十分に大人だと思うわ」
「俺は駄目だ。力でしか解決できない。今は余計にそう感じる」
ペスが慰めるような仕草をする。自分の不安感に反応したのだろう。
「これから始まる戦争くらいでしか役に立たねえ」
「あんたは政治家向きだ。今は俺みたいな血塗れになって戦うしか能の無い人間に任せて駆け上れ。必要になるのは解放後だ」
少し驚いたような表情が返ってくる。
「上で威張り散らしてる
「私にできるかしら? 望まれるなら何でもするけど。でも、今必要なのは君みたいな戦士」
「そいつは任せとけよ」
皮肉げに唇の端を上げる。
彼女はリューンの運命を思いやるように膝に手を置いた。
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