ゼフォーンへ(3)

 堪らず抱き付いていくと、リューンも強く抱き返してくれる。その力強さが今は本当に心地いい。


「大丈夫か?」

 額を擦り付けて左右に首を振る。


 正直、心は千々に乱れて何をどうすればいいのか分からない。なぜ自分が謂われなき暴力にさらされたのか? それがたまたま彼女だったのかそうでなかったのかも思い付けない。


「もう心配要らねえからな。これから奴らにはきっちり分からせてやるから」

 嗚咽で息が詰まりそうになる。

「ね……、お、お兄ちゃん? わたしが、悪いの? アルミナ人、だから?」

「お前は何も悪くねえ」

「あの、人たち、すごく、ひどい目に、遭ってたから、かわいそうって、思ったし、治療とか、手伝ったけど、それが気に、障っちゃったの、かな? 上から目線、みたいに、感じちゃった、のかな?」

 涙混じりのみっともない鼻声。切れ切れに伝える気持ちは届くだろうか?

「違うぜ。こんなのはただの嫌がらせだ。お前はそのままでいい」


 兄の肩に押し付けた頭に重みが掛かる。怒りを抑えた、囁くような優しい声が耳の中に忍び入ってくる。


 フィーナはその温もりに少しづつ気持ちが落ち着いてくるのを感じていた。


   ◇      ◇      ◇


「あいつにやられた! 未だに王様なんぞをありがたがるアルミナの馬鹿に、俺たちが味わった苦しみを分からせてやろうと思ったのに、一方的に殴られたんだ。こんなことが許されると思うか同志諸君!」


 突き付けられた指を冷たく見つめ返す。彼らの言い分に正当性など欠片も感じられないだけに、リューンには全く響かない。

 同意するなら同罪だとばかりに、怒りを込めた目で救助した人々が集まるスペースを見回している。


「ほらよ。この下衆は返しとくぜ」

 引き摺ってきた男を放り出す。ようやく意識が戻りつつあるのか呻いている。

「見ろ、この有様を! アルミナの血は傲慢を含んでいる! ゼフォーンへの圧政がそれを証明し、そしてまた我らの前に形として表れているのだ! 皆は思わないか? いくら戦力として認められていようと、所詮アルミナ人はアルミナ人なのだ。いずれこいつも我が祖国に災厄をもたらすぞ」

「さあな、そいつはお前ら次第だぜ? もし、手前ぇらが無理矢理にでも十五の娘を恨み言の捌け口にするってんなら、それこそ滅んだほうがいいのかもしれねえなぁ。そうなりゃ俺は災厄そのものだろうぜ」

 涙に暮れる妹を顎で示す。本気だと思い知らせるよう合わせた視線は逸らさない。

「え、そんなことを!?」


 怒り狂うリューンに戸惑っていたのか、事態を静観していたらしい女性が立ち上がった。男の子を抱いたまま信じられないというふうに首を振って悲しげな面持ちに変わる。


「それはどういうことなの?」

 険しくなった目付きに男は気圧されているようだった。

「どうも何も知らなかったのか? この兄妹はアルミナ人なんだとよ」

「初めて聞いたわ。でも、理由にならない。やってはいけないことだわ。それに私たちのために命を懸けてくれていたのに変わりはない。彼が剣王なのよ?」


 トルメアの言に救助された人々は困惑する。自分たちを救い出してくれた相手が、挑むべき国の人間だと知れば混乱もする。


「君がそれを言うのか、トルメア。自分が受けた仕打ちを忘れたとは言うまい? 報復してやろうとしただけだぞ?」

「そんなことを望んだ覚えはないわ。私たちは確かに祖国の真の独立を願って声を上げた。収容所で受けた仕打ちはあまりにも非道。その結果だから受け入れるとは言わない」

「だったら!」

 彼女は足を踏み鳴らして続く言葉を押し留める。

「だからこそよ! 同じ場所に堕ちてはいけない! 祖国解放の志を強く持つなら、蛮行を真似てはいけないの」


 苦しみを払うように振り絞る声がかすれる。彼女の心の傷は決して癒えていないのに、それでも誇りだけは捨ててはいけないと勇気を見せているのだ。


「逆風にさえ踏み出す我らは勇士であらねばならないの。ただの復讐者に堕ちれば、取り返した祖国はまた同じ過ちの道を歩んでしまうかもしれない。皆はそれでもいいの?」

 迷いに揺れ動いていた人々は押し黙って目を伏せる。が、扇動者は黙っていない。

「それなら君はアルミナの小僧に恵んでもらったお仕着せの独立で満足だというのか?」

「どんな形でもいい。ゼフォーンの国民全てが志をもって新しい国を築こうという姿勢を見せなければ、国際社会は独立を認めてはくれないはず。力を取り戻せば、また軍国化への道を歩むと思われてしまうわ」


 ぐうの音も出ないとはこのことだ。政治犯と目されるだけはある。彼女の弁舌は巧みで真実を突いていると思わせる。その場の空気は明らかに彼女のほうへと傾いていっていた。


「これはどういう状況だい?」


 そこへ現れたのはダイナ・デズンであった。誰かから騒ぎのことを聞かされてきたのだろう。事情を聞いた彼は困ったように眉根を寄せ溜息を吐く。


「残念ながら君たちのやったことはただの犯罪だ」

 三人の男へと向けて告げる。

「拘束させてもらう。しばらく頭を冷やすといい」

「どうしてだ! あんたこそが救国の英雄になるべき人じゃないのか? アルミナ人の肩を持つのか?」

「そんな大それたことは思ってないさ。俺は苦しみを取り除きたいだけ。君が誰かに苦しみを与える側の人間なら、言いたくはないが敵だな」


(トルメアに助けられたか。礼を言っとかねえとな)

 リューンは心に留め置く。


 男たちは一緒に駆け付けたパイロットたちによって捕えられ、別の部屋に拘禁されることとなった。

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