XFi(ゼフィ)(5)

 リューンは彼女のする作業を見ながら、直径15cmほどの円筒を手でもてあそんでいる。それは駆動パックと呼ばれるものだ。中にはステッピング制御ができる常温超電導モーターが入っている。色んなサイズがあるそうだが、彼が今持っているのは指関節用のものである。


「なあ、フラン。そんなにあっちこっち見なきゃいけねえほど壊してねえだろ、俺?」

 赤毛の女性整備班長の仕事を手伝っているのだ。

「機械屋っていうのはね、自分で色々見ておかないと気が済まない生き物なんだよ。こいつだって図面を見る限りじゃほとんど内部規格の標準部品で賄えるようになっているけど、一応ひと通り見ておきたいのさね」

「そんなもんか。ジャーグこいつだってエルシの仕事なんだろ? 信用すりゃいいのに」

「それでも開けてみたくなるもんさ。特に専用機扱いで組まれた機体なんぞはね」

 そう言いながら、彼女は肩のメンテナンスハッチを開けた。


 このジャーグはラングーンとは別経路でアルミナに運び込まれたらしい、だから、フランソワが触れるのはリューンが乗り込んできてからが初めてなのである。今後を見越して彼女は全体の部品構成を頭に入れようとしているようだが、素人のリューンには何でそんな面倒なことをするのか理解できない。


「ショルダー基部ベースでパージ可能になってるけどこれで強度的に問題無いのかね? うわ、なんて本数の気密パッキングシリンダが並んでんだか。これは制御ソフトが相当重たそうだけど。管轄外だから構わないけどね」

 ぶつぶつと口にしながら頭に入れているらしい。

「リューン、そいつの型番を読み上げておくれ」

「これか?」

 作業アームが咥えて近くまで持ってきた駆動シリンダの横に書いてある型番を読んで伝える。


 フランソワは作業用のσシグマ・ルーンを装着しており、そこから指令を飛ばして作業アームに部品を運ばせているのだ。そのお陰でこれほど巨大な精密機械も数人で修理や整備ができるのである。


「こら、いたずらすんなよ、ペス」

 シリンダに跨って腕を振り回す3Dアバターの額を突くがもちろん感触はない。

「確かに同じ物の組み合わせだね。ちょっとばかり修理には手間が掛かりそうだけど、欠品で頭を悩ませる心配はしなくてよくなってんだ」

「なるべく壊さねえようにすっから、気楽に構えててくれよ」

「変な気遣いは無用だよ。それより生きて帰ってきな。あたしにゃ、お前さんの身体の修理はできないんだ。壊れちまったら終わりなんだよ」

 リューンは笑いながらハッチの横に身体を預ける。

「よーく肝に銘じておくぜ。妹を泣かせるわけにはいかないからな」

「分かってりゃいいよ」


 彼は胸に暖かいものを感じる。

 母親と呼んでいた女性はフランソワのように筋骨隆々ではなく、どちらかといえばふっくらとしていたほうだったが、何となく纏う空気が似ているのである。言葉の端々からリューンの身体と心を気遣う思いが感じ取れた。

 あの包まれるような暖かさが忘れられない。だからこそ、何がなんでもフィーナだけは守り抜かなくてはならないのだ。


「立ち入ったことを訊くけど、あんたたちの両親は?」

 偶然が過ぎて、顔に出ていたかと心配になる。だが、彼女の顔はハッチの中。

「死んだ。もう三年以上経ったさ」

「一遍にかい?」

「事故だったんだ」

 整備班長はようやく身を起こしてリューンと目を合わせてくる。

「運が悪いとしか言えねえ。この二十年でたった三件しか起きてない航空機事故なんだからな」

「は? 航空機事故だって?」

 彼女が驚くのも当然だ。それくらい稀有なのが常識である。

反重力端子グラビノッツがあるこのご時世にかい? どうしてさ?」


 軍用機にせよ民間機にせよ反重力端子グラビノッツが装備されているのは常識である。例え内部電源が失われたとしても、補助バッテリーが常備されている反重力端子は不時着までくらいは必ずといっていいほど本体を浮かせ続けてくれるはずなのだ。

 それほど信頼性の高い航空機なのに、墜落して乗客に死者が出るのなど考えにくいと世間一般の人間は思うだろう。


「補助バッテリーからの導線が腐食して切れていたんだとさ。それを見落としてたって言いやがった」

 あり得ない話とは言わないが、普通はそこまで怠慢はしない。

「同じ整備士として、愚かだとしか言えないね。他人様の命を預かっているってのにさ」

「ああ、そう思ったんだろう。自殺しやがったもんな」

「んー……」

 彼女にも思うところがあったんだろう。


 それだけの話なら不運を呪うしかない。しかし、三件のうち二件に自分の身内が絡んでいるとなればただの不運とは思えなくなってくる。それを偶然で片付けられるほどリューンは楽観的ではない。


(もしかしたら自殺させられたのかもな)

 そんなふうに思ってしまう。


「あら、ここに居たの」

 顔を覗かせたのはエルシである。

「フランを手伝ってたんだよ。力仕事くらいしかできねえがな」

「納得いったかしら、フラン?」

「だいたいね。専用機の割に設計に気を遣ってくれていて助かるよ」

 その言葉に彼女は青い瞳を細める。

「何を言っているの? ジャーグは量産試作機よ。彼を乗せているのはテスト」

「なんだって!」


 意外な言葉にフランソワは飛び上がった。目が真ん丸に広がっている。


「坊や、手伝いな! 隅々まで見るよ!」

「お、おう……」


 忙しくなりそうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る