XFi(ゼフィ)(2)

 艦橋ブリッジに詰めている人間は十数人に過ぎない。巨大な艦がこれだけの人数で運用できるものかと訝しんでしまうが、自動化が進んでいるのだろうと自分を納得させる。

 その理由として、多数の要員が自分のものとは少し違うσシグマ・ルーンを装着しているのが見えたからだ。かなりの部分を思考コントロールで補っていると思わせる。


 だが、目を細めて自分を窺ってくる初老男性は、ひと回り大きなゆとりを取られた座席に掛けていながら何も着けていない。一段高い位置から見下ろされて、リューンは少しもやっとしたものを感じてしまう。


「リューン、彼がこのXFiゼフィの総帥よ」

 どうにも癇に障るが大人しく見上げる。

「リューン・バレルだ。こっちは妹のフィーナ。世話になるぜ」

「ガイナス・エストバンという。少年、少し礼を憶えたまえ」

「悪いが、そんなもんとは無縁に生きてきた。そっちが俺を利用する気でいる以上、好きにさせてもらうぞ」

 教授プロフェッサーと呼ばれた人物は更に目を細める。

「我々は故郷の惑星ゼフォーンを占領から解放するという崇高なる使命のもとに戦っている。組織に属する以上は、品性を身に付けるべきだとは思わんかね?」

「知らねえな。大人の喧嘩に巻き込んだのはあんたたちだ」

「自分の立場が分からないほどの愚か者かね、君は?」

 言葉に険が混じってくる。


 ペスが怒りのモーションを起こそうとするが目で制しておく。売られた喧嘩だが、こちらから手を出す気が彼にはなかったからだ。


「ああ、俺はただの街のごろつきさ。気に入らないなら放り出せ」

 ガイナスの口の端がぴくりと痙攣する。

「フェトレル女史のたっての願いで受け入れるのだ。彼女に恩を感じているのなら、弁えるべきだろう」

「はっ、この女だってちょっと使えそうな実験動物みたいな目で見てくるんだぜ? どうやって恩に着ろってんだ?」

「どうも言葉が通じんらしい。頼むよ、女史」

 激発するかと思いきや、自制してエルシに視線を巡らせる。

「言っておいたはず。彼は私の管轄です。貴殿の許可は不要よ」


 教授プロフェッサーXFiゼフィの総統だと紹介された気がしたが、エルシは彼と同等かそれ以上の地位にあるらしい。一瞬、飛び出そうかとも思ったが、それならそれでやりようはあるとリューンは思った。


「それなら君が躾けたまえ」

 彼女は頬に指を当てて答える。

「考えておくわ」

「……規律というものに配慮してくれんかね?」

XFiゼフィは思想で繋がった抵抗組織レジスタンス。貴殿の私設軍ではなくてよ」

 彼女の視線も冷たい。


 居丈高に振る舞わないところを見るとほぼ同等の立場のようだが、ガイナスのほうにも強く言えない理由がありそうだ。


(こいつは早めに調べを付けておいたほうが良さそうだな)

 様子を窺いつつリューンは記憶に留める。

(だが、ここはビシッと俺の在り方を分からせておくべきだろうな)

 心に決める。


「分かった。難しいことは言わんから、もっと理性的に振る舞いたまえ」

 彼に視線が戻っている。

「偉そうに命令するんじゃねえ」

「私が命じる立場だと解りなさい」

「上品ぶるな、くだらねえ。手前ぇらが暴力で主張を通そうとしている時点で品性下劣だと知れよ。俺はそいつを心得ているから紳士を気取ったりはしねえんだぜ」

 リューンなりに筋を通したつもりだ。

「崇高なる戦いだといったのが聞こえなかったのかね!」

「戦争なんて大人のやるでかい喧嘩だろうが! 大勢巻き込むってんなら覚悟を決めて牙を剥けよ!」

教授プロフェッサー、それくらいにしておいてはどうかね?」


 仲裁の声はガイナスの前の席に着く人物から発せられた。

 灰色の豊かな髭をたくわえた温厚そうな面立ちの好々爺とした男は、苦笑いを浮かべつつリューンを見つめる。


「君の気持ちは分からんでもない。戦闘明けで気が立ってもいようが無闇に噛み付くのも得策ではないだろう?」

 諫めようとしているが、彼の言葉を否定もしない。リューンも聞く気になる。

「妹さんも怯えておる。考えてやらんかね」

「確かにな」

 フィーナを一瞥して事実を認める。

「面倒な大人の喧嘩じゃが、付き合ってくれる気があるのならまずは足元を固めなさい。力を示せば誰も何も言えんようになろう。それが、お前さんが知っている流儀ではないかね?」

「甘いぞ、オルテシオ艦長」

「まあまあ。少年は頭ごなしに押さえつけても反発するものじゃろう? 覚えが無いわけでもあるまい」


 自らを省みたのかガイナスも口を噤む。誰もが通ってきた道なのだと説かれれば、反論できる者のほうが少ないのかもしれない。


「話の分かる爺さんだ。俺は放っといていいから妹を頼む」

 背もたれに肘を掛けて覗き込みつつ言う。

「良かろう。ロブスンだよ、フィーナ」

「お願いします。えと、艦長?」

「お爺ちゃんでも構わんよ」

 彼女は緩みそうになる口元を必死に押さえている。

「そんなわけには……」

「好きに呼ぶといい」

 艦橋を包んでいたピリリとした空気もようやく和む。


 その後はエルシに連れられて退出する。


「大人の喧嘩ってのも否定はしないのだけれど、経済的な側面もあるのよ」

「なんだって?」

「こんな組織を維持できるのはお金を出してくれる所があるって意味。それはゼフォーンだけじゃないわ」

 つまりは紛争で儲かる分野があり、それはゼフォーンに留まらずアルミナにもあるということ。


(子供の喧嘩よりよほどタチが悪いじゃねえか)


 そう思いつつも、理屈として理解できなくもないリューンだった。

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