第二話

XFi(ゼフィ)(1)

 低緯度の山景は針葉樹林の深い緑に覆われている。その谷間にひっそりと隠れている全長で450mはある戦闘空母ラングーンを見て、もうちょっと何とかならないもんかとリューンは思った。

 エルシに訊いてはみたが、答えは芳しくない。簡単にものを隠す技術は現代でも開発されていないのだそうだ。


 光学迷彩技術というのは各分野で様々な研究が行われていた。


 簡易なものでは投影外装がある。周囲を捉えた画像を加工して、外装に投影して視覚を誤魔化す方法である。これはレーダー波を攪乱できず、状況によっては見破れるほどの違和感を覚えさせる。ターナミストを併用すればそれを検知されやすいし、そもそも重力場レーダーには引っ掛かってしまう。


 光偏向磁場を利用した方法もある。これはレーダー波も偏向できるものまで開発されたが、内側から外を観測できない欠点がある。外部にプローブを置いて観測しようとしても、それを本体に送る電波もレーザー通信も偏向されて届かない。有線プローブも信号に磁場による夾雑物が多く、使いものにならない。


 そこへ現れたターナ分子は、一筋の光明であるかのように思われた。放射線や電波を下位波長帯域に変調するのだから、光も変調できるのではないかと考えられたからだ。磁場と同じく外部観測は難しいだろうが、通信は阻害されずプローブの使用で解消できそうな問題。

 しかし、開発された光変調ターナ分子化合物。散布するとそこに現れたのは黒いもやもやだった。外部の光も変調するから反射しないし、内部の光も同じく放射されない。わだかまる暗闇だけがそこにある。目立つ事この上ない。

 そんな笑い話のような結果だけが残ったそうだ。


「分かりそうなもんじゃねえか?」

 結果を知れば、ついそう感じてしまう。

「何か違う結果が現れるんじゃないかって思うものよ。研究開発なんていうのは」

「技術って、そういう方々の涙の上に成り立っているものなんですね」

 ものは言いようだと失笑しているうちにリューンのジャーグは甲板に降り立った。


 エルシの指示に従って駐機すると、昇降バケットが横から伸びてくる。ハッチを開いて、緩衝アームの可動で突き出されたパイロットシートの前には一人の男が立っていた。


「ご苦労様、ヴェート」

 彼はサブシートへと回り、エルシへと手を差し出した。

「ご無事の帰還、なによりです」

「心配いらないって言ったはずよ?」

「あなた様は現場にお出でになられていいような方ではございません」

 恭しく降りるのを手伝っている。

「エルシ、何だこいつは?」

「貴様、フェトレル女史になんて口の利き方を!」

「おやめなさい。彼はそういう人間なの」

 浅黒い肌の男は納得いっている様子は無く、睨み付けられる。

「喧嘩なら後で買う。今は疲れてんだよ」

「彼はヴェート・モナッキ。私の護衛。戦闘能力は皆無なのよ」

 気色ばむ男を制止したエルシに紹介される。

「リューン・バレルだ。この厄介な女の……」

「お兄ちゃん! ごめんなさい、ヴェートさん。乱暴者ですがエルシさんに害意はないんです」

「君も苦労するな」

 少し表情が緩んだ。

「フィーナです。よろしくお願いします」


 そうしているうちに昇降バケットはキャットウォークまで着いていた。


「大きな損傷も無く帰ってきたね。あんたか、女史が見込んだ少年ってのは?」

 そこには大柄な赤毛の女が待っていた。

「そうらしいぜ、胸のでかい姉ちゃん」

「嬉しいね、姉ちゃんとか呼んでくれるんだ。あたしは整備班長のフランソワ・レルベッテン。このジャーグも担当」

「リューンだ。そんなんじゃ、可愛らしい名前が泣くぜ」

 彼女はスキンスーツの上にジャンプスーツつなぎを着ている。

「フランでいい。威勢のいい少年は嫌いじゃないよ、リューン」

「分かった、フラン。頑張ってくれたから、こいつの面倒を頼むぜ」

「任せな」


 今度は衝突しなかったのだと思って胸を撫で下ろしている妹の姿に、彼は心外だと感じていた。


   ◇      ◇      ◇


 3Dアバターのペスが腰に手を当てて頬を膨らませている。兄は少し不機嫌なのだろうと思う。


 複数の男女が通りすがりに彼の肩をバンバンと叩いていったのだ。格好からして、この艦のパイロットなのだろうと思う。皆が身体にぴったりのスキンスーツを着用していたからだ。あれは宇宙服なのだろうと思っていたが、地上でも着るものらしいとフィーナは不思議に感じた。


「ラングーンの主要メンバーに紹介するわね」

 ペスと一緒にきょろきょろと周りを見ているうちに、通路の先に自動扉が見えてきた。正確には自動隔壁なのだが、彼女にはそんなことは分からない。

「戻ったわ、教授プロフェッサー

「ご苦労だったね、フェトレル女史。それが件の少年かね?」

「ええ。協力を得られる算段は付けてきました」


 理知的な光を宿した黒い瞳が彼らへと向けられる。波打つ茶色い髪を丁寧に整えているその人物は値踏みするように兄妹を見てきた。


(少し怖いな)

 冷徹そうなその視線に若干の不安を感じる。


 兄とは合わないタイプだと本能的に思ってしまった。

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