アルミナの不良少年(7)

 ガランテッド級戦艦オズボーンの艦橋ブリッジは重たい空気に包まれている。その中心たるイルドラン艦長は引き結んでいた口をようやく開く。


「全機が撃破だと?」

 通信兵の顔色は冴えない。

「……全ての通信が途絶してから既に30分が経過しております。クルダスの警察の通信情報を傍受したところ、二機がコクピットを破壊されて擱座かくざしており、残り三機は本艦からも爆発光が確認され識別信号が消失しました」

「彼らは何をやっていたのだ?」

「ですから閣下から下された任務を……」

 シートの肘掛けが打ち鳴らされる。

「誰がそんなことを言っている。奴らには指定された目標の確保を命じたのだ。相手は民間人の子供だぞ? それも生死問わずだ。栄えあるアルミナ軍パイロットがそんなこともできないのかと言っている」


 艦橋要員にしてみれば、そんなことを命じるほうがどうかしていると皆が思っている。しかし、この命令を受けたのはイルドラン本人であり、その理由などは明かせない類の任務だとも容易に想像できる。


「未確認情報でありますが、目標を保護する動きがあったと思われます」

 傍らの副官の発言に艦長の視線が動いた。

「調査したところ、目標を収容するアームドスキンの姿が目撃され、その画像がネット上にアップロードされておりました。ご覧ください」


 2D投影パネルが開き、そこへ件の画像が表示された。


「見たことない機体だな」

 銀色のアームドスキンは彼も目にしたことがないタイプだ。

XFiゼフィのルフェングタイプに酷似しているかと思われます。彼奴らの新型かと」

「連中が絡んでいるというのか?」

「元々彼に関する情報の出所は確認されていたのでしょうか?」

 副官は疑問をぶつけてみる。それが許されているのは、この場では彼だけだ。

「我々は誘い込まれたのではないかと推察するのですが」

「あり得るな。彼奴らの新型機の実戦投入の的にされたか?」

「あくまで可能性です」

 顎に手をやって沈思するイルドランの言葉を待つ。


 もし、そうなのであれば、情報部が踊らされた結果であり、彼らには非はない。逆に情報部への借しを作ることも可能だろう。様々な点が考慮できるのを艦長も理解しているはずである。


「今回は曰く付きの任務だと考えよう。ただし、命令が撤回されたわけではない。続行を余儀なくされる以上、最大の戦果を求めねばならない。例の新型のデータを可能な限り持ち帰るのだ。確保するのがベストである」

 イルドランは更に大きな戦果を求めている。

「了解しました。追跡を続行。確保を目標とします」


 落ちかけた士気を引き締めるには十分な餌になるだろうと副官は考えた。


   ◇      ◇      ◇


 岩山の隙間にジャーグを隠すと、エルシは休憩を取るという。いきなり長時間の操縦はリューンの負担になって、いざという時の対処に問題が出ては困るという理由でだ。

 彼女がサブシートのラックから取り出した飲み物を配って、三人は口にしつつ緊張を解いた。


「それでお兄ちゃんはこのアームドスキンっていうのに乗ってたんだ」

 フィーナに彼女を拾うまでの経緯を説明していた。

「別にガッタだけが悪いわけじゃねえぜ。俺ら全員が目を付けられてたのかもしれねえ」

「でも、軍まで出てくるってそんなに危ない仕事だったのかな?」

「下手すりゃ、ただの囮に使われていただけって可能性もある。俺が派手に逃げ回っている裏側で、本物はもう然るべき人間が届けているんじゃねえか?」


 妹には、本当のターゲットが自分だという可能性が高いとは明かせない。だが、言及しておかなくてはならない事実もある。


「それに、この女が一枚噛んでたんじゃねえかとも思ってる」

 エルシを親指で示す。

「本当ですか、エルシさん?」

「気の所為じゃなくて?」

「だったら何でアームドスキンこんなもんまで準備して待ち受けてた?」

 睨まれた彼女は、肩を竦めて「女の勘よ」と言う。

「抜かせ。お前、俺の行動を予測できるくらい調べ上げてたろ? 何を企んでる」

「パイロットとしてのあなたを確保したかっただけ。軍の独立ネットに侵入して、今回の作戦を把握したから仕掛けていたの。その能力、とても面白いわ」

「どこまで本当か分かったもんじゃねえな」


 運び屋にガッタを使うような流れに持っていったのはエルシではないかと疑っている。彼はリューンの周囲の人間として任意に選ばれただけだろう。

 作戦内容に関しても、その真意は知っているのだろう。彼女はそれを逆手に取ったのだと考えられる。


「ともあれ、そんな下らねえことにフィーナまで巻き込むな」

 あまり突っ込むと妹に不審がられかねないので糾弾するに留める。

「あら、それで良くて? この娘を残していけば確実に利用されるでしょうね」

「そいつはそうだが、お前だって利用する気満々だろうが!」

 フィーナは彼にとって最大の弱点である。

「そんなに怒らないのよ。どこか安全な場所に保護するって言ったところで、あなたは納得も安心もしないでしょう? それなら一緒にしといたほうが得策だわ」


(どうやら俺の性格まで把握してやがる。いつから監視を受けてたっつーんだよ)

 巻き込まれたのではなく、思惑に絡め取られたのだと理解した。


 意味の分かりにくいやりとりに目を白黒させているフィーナを横目に、リューンは大きな溜息をついた。

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