アルミナの不良少年(8)

 エルシがこの時間に簡易的な調整をすると言い出した。興味が湧いたのでフィーナもコンソール近くに陣取る。

 正直、少しだけ嫉妬心と対抗心もある。どうも彼女のほうが兄を理解しているような感じがして胸がもやもやするのだ。なので自分にできそうなことなら憶えたいという欲求からの行動である。


「アクションフィードバックはどう感じたかしら? 女性は感じる程度でいいっていうのが普通だけど、男性は人それぞれなのよ」

 多少強めに設定してあるらしい。

「もっとガツンと来るくらいがいい。自分の手足みたいにな」

「ああ、そういうタイプね」

「どういうことです?」

 一言で通じたのが面白くない。

「感性で操作するタイプなのよ。相手の力加減から本気度まで測る感じかしら。それがフェイントなのか、渾身の攻撃なのか」

「他のタイプもいらっしゃるんですね?」

「ええ、目配り……、頭部の動きやそれまでの流れで察するタイプもいるわ。そっちは軽めを望む人が多いのよ」

 彼女の人物眼にはまだ勝てそうにないと思う。


 その時、リューンが身じろぎして「う?」と声を漏らす。彼がこんな驚き方をするのは珍しい。


「どうしたの……? わあ!」

 フィーナの前には、光の金線で描かれた身長20cmほどの三頭身のキャラクターめいた3D画像が浮いている。どこかしら兄に似ているそれに、彼女は目を輝かせて近付く。

「なに、これ!」

「俺に訊くなよ」

「3Dアバターよ。σシグマ・ルーンの学習深度がどのくらい進んでいるか、どんな動作の学習が足りていないかの指針になるのよ」

 その他にも、休息時のパイロットの癒しも考慮に入れての三頭身キャラらしい。


 見つめていると3Dアバターは踊り始める。どこか武術めいたところは感じられるが踊りは踊りである。

 彼女が両手の指を差し出すとそれを取って踊り出した。リューンが着けているσ・ルーンという装具ギアのカメラを使っているのだろう。無論、感触はないのだが、フィーナは楽しくなって合わせて指を動かす。


「じゃあ、お前はぺスな」

 微笑んでいた兄がそう名付けると、アバターは姿勢を整えて敬礼で返す。

「ふふ、名前を付けるのね?」

「付けねえのかよ?」

 含み笑いをするエルシに不機嫌な声を出している。

「女性はほとんどが付けるけど、男性だとどちらかと言えば少数派」

「なら、どうしてんだよ?」

「半分以上の人はただ『アバター』って呼ぶわよ。まあ、中には気恥ずかしくてそう呼んでいる人もいるだろうけど」

 リューンは頬を掻きながら「つまらねえことで恥ずかしがってどうすんだ?」と言い訳をしている。


 フィーナは兄ならそうするだろうと思っていた。なので優越感を感じている。

 リューンは動物好きだ。買い物に付き合ってくれた時など、あからさまにそんな素振りを見せる。

 だが、彼らは小さなパン屋を経営して生活している。厨房や店舗に動物を入れるのを嫌う客も少なくない。リピーターを減らさないためにも彼はペットを我慢しているのだろうと分かっていた。


 その代わりに居間には小型犬のロボットペットがいた。毛皮を着せない型の、見るからにロボット犬だと分かるそれだ。

 フィーナはちゃんと躾けたかったのだが、リューンが甘やかすのでどうしても我儘に育ってしまう。だからいたずらの多い子になってしまっていた。

「ペコ」と名付けていたその子はどうなってしまうだろうか? 踏み込まれて破壊されてしまうのだろうか? 兄が心を痛めているのではないかと見上げるが、そんな様子は見せてくれないのだった。


「それで、これから行くところには何がある」

 彼女がぺスと和んでいるのを確認してリューンが口を開く。

「戦闘空母ラングーンが隠してあるわ。今後はそこで働いてちょうだい」

「ああん、空母だって? そんなに大袈裟なもんが有るのか。どこのだよ?」

「もちろんXFiゼフィよ」

 兄は眉根を寄せて考え込む。

「ゼフォーンか……」

 フィーナもその名を耳にすることは多かった。


 XFiゼフィ。ゼフォーン解放戦線の略称である。

 その活動はアルミナが実効支配するゼフォーン本星が主である。


 連盟下で植民惑星への暴政を強いていたゼフォーンを倫理統制することを目的にアルミナが管理を任されてきた。

 戦後七十年、その是非を問う声はアルミナにもある。ただ、その実効支配に反抗するレジスタンスの活動が激しくなればなるほどに必要性を唱える人間の声が大きくなってしまう。そうすればまた反発するように活動は激化する。負の連鎖が強まっていくのだ。


 そのレジスタンスの筆頭格がXFiゼフィである。軍に匹敵する戦力を有し、先頭に立って解放運動に拍車をかけていると報道される。

 フィーナはその是非を論じたことはないし、兄も冷めた目で眺めていただけだと思う。なのに、その現実は向こうからやってきてしまった。


「私の所属はXFiゼフィ。アルミナに居場所の無くなってしまったあなたたちに場所を提供できるのもXFiゼフィ。選択肢は少ないんじゃなくて?」

「俺がちゃんと働けば、フィーナにはそれなりの暮らしを提供してくれるんだろうな? 懐事情が苦しいから、食うに食えねえとか言ったらただじゃ済まさねえぞ?」

 エルシは微笑で応じる。

「保証するわ。資金面に不安は無いから」


 兄妹は戦いの最中へと踏み入れてしまったようだった。

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