アルミナの不良少年(5)

 リューンの見せた離れ業に、敵機は警戒して動きを止めた。

 ただし、時間を掛け過ぎれば自分を追っていたアームドスキンも合流してくるはずだ。早めに片付けておきたい。


「おい、奴の図面を出せ、エルシ。簡単なのがいい」


 自分の名前まで調べ上げていた女だ。事情通だと考えていいだろう。無論、敵のこともそれなりに調べてあるのも予想できる。


(街中でこんなのを爆発させられねえじゃねえか)

 戦闘不能にするにしても、方法を考えなくてはならない。


「あれはアルミナ軍の『ファーレク』よ。簡略図面はこれ」

 正面、球面モニターの左下に透過式の簡略図が滑り込んでくる。

「赤く点滅させたところが対消滅炉。そこを傷付ければ誘爆するわ。アームドスキンは基本的にそこにあるから憶えておきなさい」

「分かった。ありがとな」


 奪ってきたビームカノンを足元に放り出すと、右手にもビームブレードを握らせる。投降の動作のように見えて逆に威圧的だ。

 そもそもジャーグの外見が鋭角的になっていて武張った印象が強い。それが光る両手剣で構えているのだから、相手は攻めあぐねているようだ。


「来ねえならこっちからいくぜ!」

 ビルの反響から外部スピーカーに切り替わっていると分かる。意識の持ち方で勝手に切り替わるものらしい。


 リューンはペダルを踏み込んでジャーグを走らせる。突き上げるような振動は結構あるが、足音そのものはそれほど大きなものではない。

 呼応するようにファーレクという敵機がビームカノンを指し向けてきた。


「抵抗するな! これ以上暴れれば撃破する!」

 それは直接コクピット内に響いたように思えた。

「なんだ?」

「共用回線で呼び掛けてきているのよ。慣れないあなたには無理かも」

「そうかよ! でもな、手前ぇら、さっきも撃ってきてんだよ!」


 周りに響く外部スピーカーで吠え立てるリューン。その派手さにエルシは口に手を当てて愉快そうに笑っている。


「そっちがやる気なら黙ってられるか!」

 そのまま駆け寄る。

「撃て!」

「こんな人の多いところでぶっ放すんじゃねえ!」


 迫るビームを両手のブレードで斬り裂き、左を下から振り抜く。ビームカノンが半ばから断ち切られて飛び、濃緑色のアームドスキンは後退しようとした。

 しかし、踏み込んだジャーグは右手のブレードを一閃させ、ファーレクの胸部を前半分まで裂いた。


「どうだ?」

 相手は微動だにしない。

「コクピットは切り裂いているわ。生きてはいないわね」

「よし。上手くいったな」

 崩れ落ちる機体に安堵していると、後ろから衝撃が走る。

「ちょっと、お兄ちゃん! 何てことしちゃうのよ!」

「仕方ねえだろうが! 向こうが殺る気満々で来てんだよ! 加減なんかできるか!」

「あー、もー、終わりじゃない。普通の生活になんて戻れない」


(こんな戦闘機械に乗った時点で終わってんじゃねえかよ!)


 彼は妹の落胆が非常に不本意だった。


   ◇      ◇      ◇


「せっかく親父とお袋が遺してくれたパン屋なんだが。悪い、もう無理だ」

「ん、諦める……」


(私物に未練が無いって言ったら嘘になるけど、本当に大切な画像データとかは携帯端末モバイルに取ってあるし、記録メディアにも入れてある)

 フィーナはそれらをお守りのように身に着けていた。いつかこんなことが起こるのではないかと思っていたからだ。

(友達にさよならくらいは言いたかったな)

 それでも兄に別れを言ったり、捨てていかれるよりは遥かにマシだ。


 彼女がこんなに冷静なのには理由がある。

 リューン・バレルは昔からとにかく問題が多かった。暴力沙汰など日常茶飯事である。これまで定住できていたのが不思議なほどだ。

 しかし、警察の厄介になることはあっても刑事罰に問われることはなかった。どんな時でも彼は無手で喧嘩に臨む。途中で相手の振るう武器を奪って使うことはあれど、自分から凶器を持ち込んで使用した前例がない。


 一度などは警官本人を打ち倒してしまったことがある。

 その時も理不尽な詰問に無手で応じ、逆上した警官がレーザーガンを突き付けてきたために叩き落として昏倒させたのであった。

 いずれもリューン自身から仕掛けていない。逆にいえば巧妙に挑発しているのではあるが、彼の情状酌量の余地を証明してきた、街中どこにでもある監視カメラの画像にはそれが明確に記録されることはない。


(それなのに、自分からこんな物に乗って戦う気になっているってことは、よほど身の危険を感じるような状況だったってことだもんね)

 兄が命の危機に陥るよりは、住居を放棄するくらいなんでもない。

(でも、これからどうやって生活しよう。ロボットこれ、高く売れるかな?)

 そんなふうに考えてしまうのは、フィーナもまともな状態とは言いがたいところである。


 その間にもう一機の両腕を斬り飛ばしたリューンは、下から斜め上に向けてアームドスキンの胸を光る棒で貫いている。乗っている人間は絶望的だろう。


(ごめんなさい)

 どんな理由があるかは知らないが、彼らにとってそれは仕事だったろう。

(そんな物に乗って襲ってこられたら、お兄ちゃんは応戦するしかないもん)

 明らかに命が保証されるようなやり方ではない。兄なら平気で命のやりとりに応じる。


「逃げるぞ。こんな不慣れなもんで加減してたら神経が擦り切れる」

「南に向かいなさい」


 兄の提案に、謎多き女性がそう応じるのが聞こえた。

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