アルミナの不良少年(4)

 肩を押され俯かされるとゴーグルを剥ぎ取られ、後ろから頭に何かの装具ギアが填められた。感触から、後頭部から顔の横まで伸びる馬蹄形のもので、ちらりと見える先端にはカメラやセンサーのようなものが付いている。


「何だよ、これ」

「知らないの? σシグマ・ルーンよ」


 それと同時に現在のアームドスキンの状態と、外部の探知情報が頭へと流れ込んでくる。情報量としてはセーブされているのだろうが、それだけでもこんな大型の人型兵器の全身も自分の身体のように感じられるのだと分かった。


「なるほどな。これならこいつも動かせる」

 本心を言葉にすると、女は納得顔で頷く。


 改めて観察する。彼女は自分より僅かに背が高いくらいだろうか。怖ろしく端正な顔立ちには常に微笑が佩かれている。

 冷めた表情ながら隅々まで見られていると感じると普通の男なら勘違いしてしまいそうだが、胡散臭いと感じているが故にそんな感情は湧いてこない。


「わたしを見つめていないで敵を見なさい」

 もっともなことを言われてしまった。ただ、敵の機体が足元の逃げ惑う人々に苦心しているのはσ・ルーンからの情報で把握してる。

「名前は? 不便だ」

「エルシ」

 端的な答えは心地良いと感じる。


 両腕を操縦桿のような部分に沿わせると、シリコンの突起が湾曲して腕を固定する。その間に立て直した相手はビームカノンをこちらに向けて接近してくる。万が一にも外さないという意思の表れだろう。


「邪魔すんじゃねえよ!」

 フィーナのことが気掛かりでつい怒声を上げたが、一向に怯む気配はない。

「カノンを使わないの?」

「ぶっ放したこともねえのに、街中でこんなもん使えるか!」

「意外とセンスあるかもよ?」


(なんて物騒なことを言いやがる)

 リューンは本心から呆れてしまう。


 足元の人は引きつつあるものの、突如として現出した巨大な力のぶつかり合いに腰を抜かして動けない者もちらほら。彼とて、エルシが伝えてきたこのジャーグというアームドスキンを走らせる気にはなれない。


 手にしていたビームカノンを収めようと意識すると、腰のラッチが噛んで固定する。右足を前へと滑らせて踏み込みつつ、右手を伸ばして相手の砲身の先端を掴み、手前に引き込むと頭部を肘で一撃した。

 カノンを手放して仰け反った敵の頭部を台尻で殴り付ける。盛大に部品を撒き散らしながら倒れるのに目もくれず、機体をひるがえらせる。


「付き合ってられっか!」

 追ってくるかもしれないが構っていられない。今は妹のほうが重大問題だ。


 路面を一蹴りしてペダルを踏み込むと、背中の推進機ラウンダーテールが咆哮する。その唸りが気分を高揚させているとリューンは感じていた。


 自宅のある東へと急ぐと、既に二機の濃緑色のアームドスキンが降りたって接近しているのが見えた。間に割り込ませるように強く噴かせて自機を下ろす。

 ウインドウ越しに見える店内では、巨大な人型の接近に気付いたばかりなのか、恐怖に目を見開いてしゃがみ込む少女の姿が確認できた。


「無事か! フィーナ!」

 勝手に外部スピーカーに切り替わったのか、反響音が聞こえる。

「え? お兄ちゃん!?」

「拾うから出てこい!」

 元気そうな声に安堵した。


 奪ったカノンを敵に向けて牽制しつつ、妹の身体を左手で掬い上げる。ハッチを開けてコクピット内に招き入れた。


「……!」

「そっちのサブシートに座りなさい。今は緊急事態よ」

 命じられたフィーナは言葉を飲んだ。

「そのエロい女のことは気にするな。とりあえず片付ける」

「ずいぶんな言われようね。スキンスーツを着れば誰だってこんなものよ」


 戸惑いながらもサブシートに腰掛け、指示通りにベルトを掛けるフィーナ。


「もっとマシな武器はねえのか?」

「あとはビームブレードね」

 脚の間から立ち上がっているコンソールでは、肩の装備が点滅していると分かる。

「これか!」

「お兄ちゃん、前!」


 言われずとも黄色い輝線がジャーグを貫くのを感じている。左手に持たせたビームブレードをその輝線を阻むように振り抜くと、発射されたビームは斬り裂かれて上下に分かれて拡散した。


「ちょっと、どうして?」


 フィーナの疑問ももっともだろう。

 集束イオンビームはレーザーのように光速で迫ってくることはない。それでも発射されたのを見てから斬り裂けるような速度でもないのだ。彼女から見て、自分の行動はひどく不自然に思えたのだろう。


「見えるもんを斬って何が悪い!」

 紛うこと無き本音を吐露する。


 妹には秘密を持ちたくない彼は、常々自分が見ているものを説明してきたのだが、いつも本気で捉えられることはなかった。フィーナは騙してからかおうとしているくらいに受け止めていたようだ。


「見えるって……」

「こういうのを戦気眼せんきがんというのよ。相手の攻撃を事前に感じることができる、いうなれば異能に近いものね」

 意外なところからフォローがきた。どうやらエルシのほうが自分の能力を理解しているらしい。

「お兄さんのことを信じてあげなさい。彼はあなたを守ることしか考えてないわよ」

「……はい」


(これで敵に集中できる)とリューンは彼女に感謝した。

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