アルミナの不良少年(3)

 雑踏ひしめく大通りを縫うようにバイクを走らせても、濃緑色の人型兵器は当たり前のように追尾してくる。


(どれだけ大物の命令なんだよ。もう形振り構わねえってのか?)


 リューンがバイクを回頭させてクルダスへと戻ったのは、いくら何でも都市内部にアームドスキンを乗り込ませはしないだろうという目算が働いたからだ。それなのに相手は欠片の躊躇もなく、大型銃器の形状をしたビームカノンを手にしたまま高層ビル群の狭間を飛行している。


(正気か、こいつら)

 それだけの人数の目に触れれば、情報統制など出来はすまい。王制を取るこの惑星国家で、王の命令だとしても困難だと思える。

(強引にもほどがあるぜ)

 バイクを横に振ると路面を焦げ跡が走る。アームドスキンが対人レーザーを使用しているのだ。さすがに街中でビームカノンを放ったりはしないだろう。


 少年は考える。

 細い路地を使えば容易に追跡はできない。しかし、軍用兵器であるアームドスキンのセンサーから逃れるのは難しいように思える。高度を上げて上空から狙撃してくるかもしれないし、最悪もっと強力な攻撃方法を用いてくる可能性も懸念される。


(どうしろってんだ。いっそ、庁舎街まで引っ張り込んでやるか?)

 悪くない手に思える。

(そこでも暴れるようなら警察の機体も出動してくるだろう。とにかく躱し続けるしかねえな。ロミク通りを北に……)

 ルートを頭の中で思い描く。


 また、黄色い輝線が眼前を走るのを感じ回避しようという意識が働くが、進路上にはアームドスキンの出現に驚いて停車した車輛が両脇にひしめいている。進路上で焦げ跡が線を引き、そこを踏んだ前輪が溶けて滑ってしまった。

 車体は制御を失い、無駄を覚ったリューンはハンドルを放り出すように身を躍らせる。自身が傷を負わないように尻で路面を滑っていると、視界が開けた交差点の先に違う銀色のアームドスキンの姿があった。


「待ち伏せか! ふざけんなよ!」

 どこまで用意周到なのかと歯噛みする。

「冗談じゃねえぞ!」

 逃げ場所を求めて目を走らせた。


 その時、背後から黄色の光のシャワーを浴びたような感覚が襲う。強力な攻撃が来るとリューンは覚り、身を投げ出すように横っ飛び。

 ところが攻撃はやって来ず、彼の上を通過したビームが濃緑色のアームドスキンの光る盾に命中し、のけ反らせている。


(仲間割れか? いや……)

 銀色の人型のほうが歩み寄ってきて、彼に手を差し出す。そして胸の頑丈そうなハッチが開くと、中から操縦シートが突き出されてきた。

 そこにパイロットの姿はなく、斜め後ろに設けられた座席から濃い金髪ダークブロンドに青い瞳の女が手招きをしてきた。


「乗りなさい」

「なんだ、お前は?」

 反射的に誰何する。

「あなたが欲するものを届けに来たわ。解らない?」


 背筋をぞくりと悪寒が走る。それは甘美な誘いの言葉だ。

 追ってくる巨大人型兵器から身を守るとすれば、同じ兵器を使うのが一番効率がいい。彼の流儀にも即している。


 暴力には暴力で応じる。それは彼にとって当たり前のことだ。予想が正しければ、そのくらいの覚悟が無ければ生き延びることができないだろう。両親を喪う原因に心当たりがある以上、そう信じなければ自分の命さえ守れない。ましてや命よりも大切な妹を守れない。それはリューンの誓いにも反してしまう。

 ただ、目の前の巨大な暴力装置に手を出せば、今までの全てが壊れるであろうことは間違いない。あの機体は、絶対に後戻りできないところに彼を連れていってしまうはず。そこに躊躇いがある。


 そして、手招きしている女の思惑にもきな臭いものを感じる。何か大きな力学が働いているような、抗いがたい潮流に巻き込まれつつあるように思う。それが不本意で仕方ない自分もいる。


「……ちっ! そうかもな」

 舌打ちで心情を表し、銀色の暴力装置を見上げる。

「だが、口車に乗せられるのは面白くねえ」

「そんな余裕があって? 窮地なのはあなただけじゃないかもしれなくってよ?」

「なに? まさかフィーナまで!」


 軍のアームドスキンを動かしている黒幕は、そこまで周到に動いているのかと驚く。関係者全てを抹消しなければ安心できないほどのことだろうかと感じる。それだけは彼の常識では全く理解できない事柄であった。


「そう思ったなら早く乗りなさい、リューン・バレル」


 そのひと言は覚悟を決めさせるのに十分な効力を持っていた。見ず知らずの女のはずなのに、彼女は自分の名前を知っている。その裏で何らかの力学が働いているからに他ならない。もう既に彼には選択肢など残っていなかったのだ。


 最後の抵抗を表すように、苦虫を噛み潰したような表情をこれみよがしに向けると、銀色のアームドスキンが差し出した手の上へと身体を持ち上げた。


(悔しいが、俺はここでしか生きられない人間なんだな。求めるものがあるのなら覚悟を決めろってのか!)

 諦めてパイロットシートに背中を預けると、悲しいまでに身体に馴染む。


 苦笑いとともにリューンは背後の女の顔を窺った。

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