アルミナの不良少年(2)

 アクセルを緩めてモーターの唸りが収まってきた頃、タイヤが砂を食む音に気付いた少年少女が自分の方を振り向く。


「兄貴! お疲れさんです。今日も流すんすか?」

 一番なついている少年が破顔して小走りに寄ってくる。

「ああ、お前らはそこでのんびりしてろ」

「そんなぁ、俺も……」

「リューン、後ろ乗せてよ!」

 蓮っ葉な少女が手を振りながら大声をあげる。

「そのゴミ野郎の背中でも温めとけ」

「うわ、ひでぇよ、リューンの兄貴!」

「うるせえ。俺がどれだけお前の尻拭いをしてきた?」

 その少年は弱いくせに喧嘩っ早い。


 彼らがリューンに一目置いているのは主にその辺りが原因である。彼は、似たようなドロップアウトしたような人間には喧嘩で負けたことなど一度もない。それが大人でもだ。


「それより、兄貴、今度飯でも一緒にどうです? 俺、奢りますから」

 意外な言葉にヘルメットを脱いで片眉を上げる。

「どうした? 金回りがいいな、ガッタ」

「これっすよ、これ。例の運びの仕事です。今からひとっ走りアジーンまでこれを届けただけでがっぽりっす」


 ガッタという名の少年が手の中で弄んでいるのは小さな記録媒体。ほとんどの記録データは大型サーバーへ保存しているのが普通の世の中だが、ごく一部の極めて秘匿性の高いデータだけは、未だに小型メディアへの保存が残っている。


「その仕事、大丈夫なんだろうな?」

 危ない橋を渡っている感触がある。

「問題ないっすよ。警察だって俺らみたいなのに目を光らせているほど暇じゃないっしょ?」

「おまえ、それ、ヤバい件に関わってるって意味だぞ?」

「ちょっとだけですよ。そうじゃなきゃ、こんなに払いが良いわけないじゃないですか」

 胡散臭いとは感じていながらも、楽観的に捉えているらしい。

「悪いことは言わないから、その件だけで手を切れ。向こう側はそんなに甘くない」

「何を怖がってるんですか、兄貴らしくない。リューンさんなら相手がプロだって何てことないでしょう?」

「分からないなら、身体に思い知らせてやるぜ?」

 聞き分けの悪いガッタを睨み付ける。


 その時、リューンの背中を悪寒が駆け抜けた。咄嗟にバイクのスタンドを上げて振り向く。道路を二台の車輛が走ってくるが、配色からして明らかに軍用車だ。


「何だよ、ガッタ。スージーを孕ませでもしたか? あいつの親父は軍人だぞ」

 一人の少年が、半ば笑い話で囃し立てる。

「そんなへまするか!」

「じゃあ、何だって……」

「よこせ!」

 リューンは記録媒体を奪い取る。

「発振器だ。お前、泳がされたんだよ!」

「マジっすか。ほんとにあいつ、孕んでるんじゃ……」

「馬鹿野郎! 軍人がその程度でチームで動くか! もっとヤバいヤマだ!」


 そうしているうちに道路の端に乗り付けた軍用車からは面防で顔を隠した男たちがばらばらと降りてきている。


(面が割れたくないだと? まさかな)

 彼は顔を顰めるが、男たちが黒塗りの警棒を手にした時点で身構える。

(スタンロッド! くそが!)

 観念して拳を固めた。


 やはり相手はリューンだけを狙ってくる。

 突いてきたスタンロッドを半身で躱して手首を掌底で弾くと、そのまま肘を鳩尾に入れる。悶絶した相手の顔面を蹴って沈黙させ、もう一人の攻撃は手にしたヘルメットで受けた。

 面防を掴んで引き寄せると膝を腹に打ち込む。後頭部に手刀を落として倒したら、後ろから振り下ろされたスタンロッドを靴裏で蹴り飛ばしながら、カウンターの拳を喉に放つ。


(ヤベえ。こいつら本気だ)

 三人を一瞬で制圧した彼に、軍人らしきチームはハンドレーザーを取り出してきた。

(初めから全員消すつもりで派手にやってやがる!)

 相手の意図を完全に覚った。


 つま先で転がっているスタンロッドを撥ね上げて握ったところで、額に向かって黄色の輝線が伸びてくるのを感じる。前かがみにダッキングして前に出ると、相手は動揺して動けない。ほとんど目に見えないレーザーを回避して見せたのが衝撃だったのだろう。

 横薙ぎの一撃を顔面に食らわせると、割れた面防の欠片と一緒に血が筋を引く。それで四人。警棒を握り直したリューンの前にはあと四人の軍人がいる。


「半端ない……」

 知っていながらも、軍人八人を易々と打ち倒した彼に少年少女は感嘆する。

「ぼさっとしてんじゃねえぞ」

「でも、こいつら、リューンに敵わないし……」


 彼らはそれで決着が付いたと思っているのだろう。だが、リューンの目には運転席でインカムにがなり立てている男の様子が映っている。

 それと前後して、クルダスの上空を回り込むように人型の影が飛んでくるのが見えた。人間を象ってはいるが身長は20mを超えている。


「アームドスキンだ! あんなものまで!」

「お前ら、生きて戻りたかったらバラバラに散って逃げろ」

 言うまでもなく少年たちは慌てふためいてバイクに跨ろうとしている。


(こいつは確実だな。そこまでやっても揉み消せるほど上が動いてんのかよ)

 忸怩たる思いが少年の内を去来する。どこかで相手を嘗めていたのかもしれない。


 頭に跳ね上げてあったゴーグルを下ろして目を覆ったリューンは、電動バイクの起動ボタンに指を這わせた。

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