混沌の宙域(3)

「全艦、戦闘態勢に移行。アームドスキン隊は発進待機状態でわたくしの指示を待ちなさい」

 随時入ってくる情報に耳を傾けつつ、ラティーナは指示を下す。それに合わせて各艦は戦闘待機状態へと警戒レベルを上げた。


(どう出る? いきなり撃ってこないと思える接触だと感じるけど)

 味方の識別信号だけで所属は含まれていない。だが、既に光学観測で相手が特務艦隊なのは判明している。

(真っ当に考えればコンタクトを取ってくるはず。それで意図を探るしかない?)

 百戦錬磨の戦術工作担当部隊相手に、十七の小娘が駆け引きで勝てるとは思えないが。


「艦隊からの通信です」

 通信士は司令官の顔色を窺うような素振りを見せる。

「アイアンブルーのオービット副司令を呼び出しなさい。準備ができたら繋げて構いません」

「了解しました」

 安堵の面持ちに変わる。全幅の信頼を得るには実績が足りないと落胆する。


 ほどなくしてオルバ・オービットが2D投映パネルに現れると、横滑りして新たなパネルが表示される。そこには壮年の、如何にも歴戦の兵士らしい宙士が映し出された。


「自分はハワード・エイボルンと申します、ガルドワプリンセス。特務隊司令を任じられておりました」

 お手本のような敬礼を送ってくる。

「未だ特務隊を率いているつもりなら、わたくしの指示に従いなさい」

「申し訳ございませんができません。現在は独自判断による特務に就いております。これはグループ全体に益をもたらす判断だと自負しておりますゆえ」

「おおよその事情は会長より伺っています。その行動は暴走だとしか思えないと伝えておきましょう」


 エイボルンの顔に微かな苦渋が広がる。どこかで理解されたいと考えているのだろう。それだけ実直な軍人なのだと思えた。


「エイボルン司令、それはどういった判断か? 我が討伐艦隊の行動を阻止するのがガルドワの益になるとでも主張するおつもりか?」

 オービットは鋭く切り込む。

「いいえ、軌道修正の一環というのが最も近いでしょうか」

「具体的には?」

破壊神ナーザルクは本来、特務隊で運用する計画でした。一部の離反者の行動が全てを狂わせ、結果的に討伐艦隊に所属しております。このままでは正確なデータ採取が困難な状況にまでなってしまったので引き取りにまいった次第です。プロトツーをお渡しください」


(この愚か者たちは!)

 怒りに鼻面に皺を寄せてしまう。あまり他人に見せていい表情ではないが耐えられなかった。


   ◇      ◇      ◇


「できるよね、リヴェル」

『可能だ。進めよう』

「準備できたら発進するから」


 ヘルメットのバイザーを降ろしたユーゴは発進準備を始めた。


   ◇      ◇      ◇


「無茶な要求だと分かっているのでしょう? ましてや相手は協定者ですよ?」

 オービットの言には半ば呆れが混じっている。

「我らの成果がゼムナの遺志に認められたということ。ならば在るべき姿へと導くのも道理ではないか、オービット副司令」

「何か勘違いをしていらっしゃるようですね。確かに彼は実験素体として生を受けたようですが、リヴェルが認めたのはその因子ではないとご存じないか?」

「それは本人もしくは遺志の主張でしょう? 能力が発現したのは実験による結果ではないと誰が証明できるのですか? それは我々に任せるよう言っているのですよ」


 これにはラティーナも呆れる。大戦後を生きてきた人間が、ゼムナの遺志の主張を信じないというのは論外だ。御者神ハザルクという組織はどれほどに増長しているのだろうか?


「協定者の待遇は社内法に明記されています。それに従えないというのに、グループの益を標榜するなどおこがましいとは思いませんか?」

 彼女も声に怒りが滲んでしまう。

「超法規的措置です。元を辿れば存在そのものが人類圏の法やモラルに反するとご存じのはず。あまり事を大きくしたり荒立てるのは利口ではありませんよ」

「貴官が正しいのであれば、わたくしは利口でなくて結構。人道に……」


 にわかに通信士が声を荒立て始めている。ラティーナもそちらに気を取られてしまった。


「閣下、オルテーヌで収監者が一斉に脱走したとの報告です!」

 予想外にもほどがある。

「何ごと! また電子戦を仕掛けられているの?」

「待て! 指示はないぞ!」

「待ちなさい、ユーゴ!」

 マルチナの声に反応すると、発着甲板デッキをリヴェリオンが滑っていくのが見えた。


(は?)

 彼女は混乱の極致に至る。


   ◇      ◇      ◇


 オルテーヌの格納庫ハンガーに到着すると捕縛されていた御者神ハザルク構成員たちが整備士と揉み合いになっている。お互いに武装はしていない所為で大きな騒ぎにはなっていないが、命令が下ればコクピットで待機中のパイロットも銃器を手に制圧に加わるだろう。


「そこまで! これは僕がやったことだから彼らを解放して」

 外部スピーカーで呼び掛けると整備士たちから不満の声が上がる。

「いったい何を!?」

「よくやった、プロトツー。ようやく自分の務めを理解したのだな?」

「黙ってて。あんたたちに恨みが無いだなんて思うのは大間違い。単に手土産が欲しいだけだから大人しく従えよ」


 身を乗り出すと、ハンドレーザーを向けて指図する。冷たい視線に震え上がったロークレー以下の構成員はひと固まりになった。

 リヴェリオンの腕から牽引用ワイヤーを射出するとそれに掴まるよう指示する。宇宙に引っ張り出されると分かった彼らはヘルメットを装着してワイヤーに鈴生りになった。


 磁場カーテンを通過したリヴェリオンは一列のスキンスーツを引きながら特務艦隊へと向かう。

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