混沌の宙域(4)
討伐艦隊全体が唖然として見送ってしまう。それはまるで裏切りであるかのように見えたからだ。協定者に見限られるというのは正当性を疑われるに等しい。
(私たちはユーゴに幻滅されていたの?
編成に関わった人間の落ち度である。
(口には出さなかったけれど、ジーンおば様を喪う遠因を作ったのはガルドワそのものだと思ってる? それも否めない。もう、どこに居ようと同じだと思わせてしまったのかしら?)
だとしても、真意を隠し通すほど少年は器用ではないと思う。ラティーナにはそれとなく告げてもいいはず。そう考えるのは驕りなのだろうか。
(別の思惑があるとしたら何? 敵と目される特務隊の内側に入ってから破壊の限りを尽くすつもり? それだったらロークレーたちを生かして連れていく意味はない)
彼女の頭上でアバターのサミルも首をひねる。
「閣下、どうも良くありません」
会談は打ち切られ、チャンネルが開かれているのはオービットだけ。
「感情に任せた自爆行為というには少し落ち着いていたように思いますが、利敵行為であるのも間違いありません。我らはまた情報源を失ってしまいました」
「今はユーゴがどう動くのか分かりません。見極めましょう」
「甘いですよ。場合によっては手遅れになりかねません。もし彼が敵に回ればここは撤退の選択肢しかありませんし、戦略は大きく後退してしまうでしょう。やはり危険な存在です。距離を置くべきでしょう」
オービットにしてみれば、悪いほうの想定に傾きつつあるようだ。
「待ってください、副司令。彼はそんな短絡的な子ではありません。あまり自儘をするでなく、他者の思いに耳を傾ける思慮を持ち合わせています」
「これを自儘と言わずに何と言うのかな、ベルンスト艦長?」
「何らかの意図があると思われます。こちらからの行動は少し控えては如何でしょうか?」
ユーゴを良く知るマルチナは彼女と同意見のようだ。
「準備だけは十分にしておくべきだと進言しておきます」
「感謝します。全責任は私に」
身を引いてくれたオービットに謝意を伝え、ラティーナは特務艦隊に消えていった白いアームドスキンの行方に思いを馳せる。
◇ ◇ ◇
特務艦隊旗艦フロスゴーに着艦したリヴェリオンから降りたユーゴは
『くだらぬことを考えぬべきだな。協定機はその気になれば容易に遠隔操作可能だと知っておけ』
群がる特務隊員に警告を与えるリヴェル。
「こちらから危害を加える意図はない。そう指示されている」
『それは賢明な判断だと言っておこう』
「どうせ何もできない。ここの人たちは僕を失うわけにはいかないんだから。行こう、リヴェル」
一顧だにせずユーゴはロークレーたちにハンドレーザーを突き付けて先行させる。不用心に包囲される愚だけは避けて行動している。
「プロト
出迎えたのは責任者、特務隊司令と称する人物だろうか。
「
「そうはいかないのだよ。彼ら同志を排除されると君のデータが収集できなくなる。君自身もここに居てもらわなくてはな」
「必要ない。操られなくても僕は何を求められているのか知っている。やってみせれば満足なんじゃないの?」
険しい視線を送ってみせる。
「実証実験というのはそんな単純なものではない。成功の中にも更なる改善点を見出せなければ遅々とした歩みになってしまうとは思わないか?」
「分からなくもない」
他人事のように少年は言う。
エイボルンが自分を見る目に、ロークレーのような実験動物を観察する色はない。さしずめ優秀なパイロットに実績を求めているかのように見える。データ収集を求められているのは上からで違いなさそうだ。
「だけど、それはそっちの都合。不要に感じているのかもしれないけど、僕にも意思ってものがある。逆にいえば、
ハンドレーザーを収めて人質を押しやる。
「くれてやるって言っているんだからそれで満足しろ。その代わりラーナには絶対に手を出すな」
「困ったものだな」
「聞く必要はない、エイボルン同志。基本的に能力さえ確認できれば構わない実験体だ。確保して言うことを聞かせればいい」
ロークレーは忌々しげにこちらを見る。扱いに憤慨しているのだろう。
「貴殿にも困っているのですよ、ロークレー同志。軽挙が過ぎて紐が切れてしまったのではないですか。我ら特務は、本来遠方から観察するのが任務だったのに、こうして出向く羽目になってしまった」
「なにを!?」
「10番艦に場所を確保しました。そこで大人しくしていていただきたい」
反論があるのか下唇を噛んでいるロークレーだが、ここでの最高権限者はエイボルンである。引き下がるしかないだろう。
「考えてはもらえないだろうか、ユーゴ君。君の待遇は保証しよう」
どうやら彼は対ザナスト戦線に参戦する腹積もりらしい。
「篤く遇するよう、わたくしからもお願いいたします。ねえ、ユーゴ、協力してもらえるわよね?」
「…………!!」
少年は目を瞠る。
そこには一度だけ会ったことのある女性、ラティーナの母親、ルーゼリアの姿があったからだ。
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