ハザルク(12)
ラルサス・ミードは独房内で暇を囲っている。反省など欠片もない。彼はすべきことをした結果としてそこに居るのだから。
(私は役目を果たした。どんな処分があろうとも、これで
彼は心底から満足していた。
艦内での殺人事件だ。厳しい処断が下る可能性も低くないと考えていたが、今のところは控えめながら食事もきちんと与えられていて今後は読めない。
解錠の電子音がしてドアがスライドする。時間の感覚が怪しくなっていて、食事でしか掴めない。今は昼時なのだろうと思った。
「よくも……」
しかし、そこに立っていたのは食事を運んできた者ではなかった。
「よくもママンを! あんな素晴らしい方を殺したな! 許さないぞ!」
「モリソン一金宙士!?」
目を血走らせているのはヴィニストリである。彼がジーンに心酔していたのはラルサスも把握していなかった。
「整備士の君がどうして?」
「お前は!」
(これがプロト2なら分からなくもない。殺害されることで彼の精神をもう一段階完成品に近付けられるかとも思っていたが、別の人間だと?)
意外さに身体が固まる。
気付けば顔面を殴打されて壁に叩きつけられた。ヴィニストリも顔を顰めている。暴力的なタイプではない。拳を痛めたのだろう。
それでも日常的に金属部品を扱う彼の腕力は強い。何度も殴られ、頭の芯が痺れたようになる。鼻は鉄の匂いに満ち溢れ、喉も少し粘度のある液体が詰まってむせ返った。
「何をしている!」
監視カメラが発した自動警報で駆け付けた陸戦隊員が羽交い絞めで取り押さえる。
「止めるんじゃない! 僕がこいつの罪を裁いてやる!」
「やめておけ。こんな味方を殺すようなクズでも司令官閣下は拘束するに留めておくよう申されている」
「嫌だ! 罰を与えてやらなきゃ気が済まない!」
まだ暴れるが、更に増えた陸戦隊員に制止された。
「十分罰になっただろうさ」
血塗れのラルサスの意識は暗闇に沈んでいった。
◇ ◇ ◇
「そんなことがあったんだ」
ラティーナの報告にユーゴは静かに答えた。
「僕にそんな権限はないけれど、できれば優しい処分にしてあげてくれる?」
「ええ、あまり実害の無いものにするわ。三日ほど独房で頭を冷やしてもらうだけ」
「ありがとう」
そう言いながら少年は安置されている母親の頬に触れている。
状態維持のために普段は低温に維持されているが、彼の要望で今は遺体が引き出されている。ストレッチャーの上でジーンは安らかな永遠の眠りについていた。
「僕の心配をしてたんでしょ?」
唇には微笑みがある。
「監視が付いてた」
「君の能力は誤魔化せないものね」
そういう意味では抑止効果も狙っていた。常に張らせておけばユーゴも強引な行動には出にくいだろう。
「あいつには何もしないよ。無駄だもん」
あくまで静かなままだ。
「おば様はどうすればいいかしら? やっぱり恒星葬にして差し上げたほうがいいと思う?」
「ううん」
大多数のパイロットが恒星葬を望む。ケースとしては少ない部類になるが、遺体が残った場合はカプセルに詰めて
「レズロ・ロパの森に還してあげたいんだ。母さんはあそこが好きだったし、一番幸せな時期だったって言ってくれたから」
また込み上げてくる涙を必死で抑える。ラティーナだけが泣くわけにはいかない。
「手配するわ。今は君を行かせてあげられないの。ごめんなさい」
「それでいい。僕のギャランティから引いてくれていいから、うちの裏手に葬ってあげてほしい」
「約束します」
ラティーナは自分の権限が及ぶ範囲で手厚く葬るつもりだ。もちろん予算はボードウィンが持つ。それだけは譲る気が無い。
「怒っていないの?」
煮えくり返っていてもおかしくはない。
「怒ってない」
『少年はずっと考えていたのだ。これから何をすべきかと。感情は置いておくと結論した』
「そう」
リヴェルの捕捉に頷く。
「ユーゴはどうするつもり?」
「相手が掴めない以上、僕からできることは少ないと思う。でも、状況に応じてこれからはやり方を変えるよ」
「可能な限り協力するから」
問い詰める気にはなれない。そう言うしかなかった。
「分かったんだ。何を壊さなくてはいけないのか。何が要らないのか」
「…………」
「彼らがそう望むなら僕は破壊神になるよ」
少年の微笑みに冷たいものが混じる。
立ち上がったユーゴはもう一度母親の手を握りそこに額を当てて「さよなら」と告げた。のちにラティーナはその別れの言葉の意味を深く考えなかったのを後悔することになる。
◇ ◇ ◇
独房のヴィニストリのベッドにはお菓子が山積みになっている。彼は呑気にそれを摘まみながら静かに過ごしていた。
リズルカの差し入れもあるが、大部分はユーゴの届けた物であった。
※ 次回更新は『ゼムナ戦記 伝説の後継者』第十二話「逃げた英雄」になります。
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