ハザルク(11)

「コレンティオに送られると思っていましたか?」

 オービットが相手の意図を看破する。

「そんな悪手はありません。首都に送れば、何らかの手段が用いられて貴殿はどこかへ隠されてしまう。退場させられるだけか、貢献に見合う地位で組織の裏側で働くのかは分かりませんが」

「…………」

 図星なのだろう。ロークレーは唇を引き結んでしまう。

「身体検査を。犯行を認めた以上、拒否は受け付けません。この場で御者神ハザルクに関わる者だと確認させていただきます」


 近衛隊員二人に腕を取られ、オービットの手によって持ち物を探ると、内ポケットの一つから同様の車輪のピンバッジが発見された。そこまでくると彼の顔色も変わってくる。


「横暴だ。ここまですれば後々問題になりますぞ?」

 脅迫するように睨み付けてくる。

「それほどに根深く広がっているとでもおっしゃる気でしょうか? だからこそこの手蔓からたどって根こそぎ排除せねばならないのですよ」

「神をも怖れぬ愚者め」

「妄言などに惑わされず、人で在りたいと願っていますから怖れなどしません」

 卓の横に回ったオービットは静かに手を置いて相手の顔を覗き込む。

「何が目的です? 破壊神ナーザルクなどというパイロットを作り上げて何をさせようとしているのですか? まさか軍事クーデターでも謀っているとか?」

「それこそ妄言だ。我らこそが真にガルドワの繁栄を願う同志なのだからな」

「意味が通じませんよ。このような人権無視の実験が露見すればグループは破滅です。一気に信用を失ってしまうでしょう」


 違法な人体への遺伝子操作が発覚すれば、ガルドワグループ全体に責任が及び、国際世論の大きな批判にさらされるだろう。軍需産業を主な収入源にしている以上、醜聞は命取りになりかねない。


「いずれは認められる。ガルドワは平和の使者であると。人類圏の争乱全てを御せる、神に近い存在であると」

 ロークレーは酔っているかのように告げた。

「理解できません。どういう意味?」

「聡明な閣下ならもうお気付きのことと思いますが?」

 動揺の収まったらしいロークレーはラティーナに試すような視線を送る。

「小娘にも分かるように教えてくれないかしら?」

「カメラを止めてください」

「それはできません」

 しかし、それでは口が重くなるのは必至だろう。

「ただし、このカメラ映像も私の権限の内になります。必要と感じられれば封印も可能だと思ってくださって結構よ」


 譲歩であり罠でもある。部分的に理解を示したように装ったのだ。拘束されている圧力と、思想による酩酊に彼は判断力を削られている。ここで呼び水の一つでも送れば溢れ出してくる可能性があった。


「人類と戦争が切り離せないのは歴史から学んでいらっしゃるのでしょう? 純粋な抑止力ではなく、実効力を伴う兵器を作り続けている企業体の創業者一族なのですから」

「否めません」

 彼の言う通り、自覚がある。

「ですが、それではいくら時を費やそうとも平和の実現は遠い。何らかの手段が必要だとは思われませんか?」

「それは戦争の歴史と同じ時間だけ議論されてきた命題ではなくて?」

 平和主義を掲げる者が口を酸っぱくして訴えてきた。

「でも、人はその手段を未だ見つけられません」

「答えは出たではないですか? 先史文明の英知、ゼムナの遺志が提示した方法ですよ」


 ラティーナには思い当たる節が無かった。どうやらロークレーが属する組織は何らかの結論を導き出したようだが。


「戦争を終わらせるのは難しいことです。どちらか片方に大量の兵器を供給しようが、完全に技術バランスを崩すような兵器を投入しようが、戦局は傾けど戦闘は潜在化し泥臭い局面に変わっていくだけ」

 それは納得できるので頷いて見せた。

「ところが容易に終局に導く方法があります。協定者です。高度な技術に裏付けされた個人の戦闘力が戦局を大きく左右し時流さえも変えてしまう。星を跨いだ人類圏全てを飲み込むような戦争を協定者は数十年で終わらせて見せたのです」

「確かに」


 ロークレーは、戦局を制御できるのは物量や技術力ではなく、大きな影響力と戦闘力を有する個人が左右する時代になったのだと主張する。アームドスキンがそういう時代を導いたのだとも。


「しかし、協定者を意図的に生み出すことは不可能。ゼムナの遺志に認められたパイロットでなくてはいけないのですから」

 もう分かっただろうと言わんばかりに視線が飛んでくる。

「ただし、強力な兵士を生み出すのは可能です。パイロット適性に富み、戦局を動かす存在。協定者のように一人二人でなくとも、複数であれば戦争を制御できる存在。そんな兵士をガルドワが生み出せればよいのです」

「無謀な理屈です」

「そうでもないだろう?」

 オービットの否定に反論が返ってくる。

「協定者と同様の者は生み出せまい。それは当初より予想されている。ならば分離すればいい。力と意思を。強力なパイロット破壊神ナーザルクとそれを御する御者神ハザルクとに」

「自分たちが人類の戦争を制するとでも言いたいのですか?」

「そうだ! ガルドワグループこそが人類圏の戦争を制御し、平和へと導く神に等しき存在へと昇華する! その時こそガルドワは永遠になるのだ!」


 ロークレーは歌い上げるように告げ、天に腕を掲げる。そこにはある種の狂気があった。


「そんな妄想ののためにユーゴはあんなにも苦しまなくてはならないの……?」

 顔を伏せたラティーナが怒気を漲らせる。

「フィメイラやトニオ、おば様まで犠牲にならなくてはならなかったの? ふざけないで! あなた方の誇大妄想にガルドワを巻き込むなど絶対に許しません!」


 前のめりになっていたロークレーの頬をラティーナが平手で打つ音が室内に響いた。怒りで震える手を抱き、その一発だけに自制する。


「拘束しておきなさい。絶対に身柄を移送してはなりません」

「は!」

 強い命令に皆が目礼で応じる。


 これ以上、顔を拝んでいるなど彼女には耐えられそうになかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る