破壊神の秘密(8)
ユーゴは人を魅了する振る舞いというのが有るのだと知った。
母親に備わっているとは知る由もない。彼女は息子の前でそんな素振りを見せたことなど無いからだ。
しかし、よく考えてみれば当然だとも思う。ジーンは元からパイロットで、常に命懸けのその職業は多くのサポート要員を必要とする。人当たりの良さで人脈を構築しておくとプラスに働くのは間違いない。
「うちの子に良くしてくれたと聞いたわ。ありがとう」
レクスチーヌの
「なに、良いってことよ。そいつは俺の仕事でもあるし、やりたいからやってるだけだからな」
「それでもこの歳の子供が大人に混じって一人前のパイロットをやろうとすれば心細いものよ。あなたのような大人が親身に応じてくれるのがどれだけに支えになるか想像するまでもないでしょ」
「……き、気にするな。坊主は優秀な生徒でもあった。俺の言うことを一生懸命理解して頑張ってたんだ。やってやらなきゃ男が廃るってもんだろう」
ジーンの花が咲いたような笑顔に、エックネンが戸惑っている。彼がそんな様子を見せるのは本当に珍しいと思った。
「ひゃー、班長が赤くなってるとかー!」
「おいおい、明日は宇宙に雨が降るぞー!」
彼らにとっても当然見慣れない光景で、整備士たちがからかいに掛かる。
「てめえら、見せもんじゃねえぞ! 散れ散れ! 仕事が進んでなかったらただじゃすまさねえからな!」
「ぎゃー、怖えー!」
「逃げろー!」
そうは言いつつもちらちらと様子を窺っている。それでもきちんと仕事をするのは普段から彼に鍛えられているからに他ない。
「わたしの所為?」
ジーンが小首を傾げる。
「うー、まあな。お前さんは俺にまだ色気が残ってた頃に活躍してた軍のアイドルなんだよ。いつかそんな別嬪の命を守る道具をこの手できっちり仕上げてみたいとか夢見たもんだ」
「そして、あわよくば感謝のキスの一つでももらえたら嬉しいとか」
「あら、そうなの?」
茶々を入れる若い整備士に拳骨が見舞われる。頭を抱えて、ほうほうの体で逃げ出した。
「今日の班長、なんか変だよ」
『許してやるがいい。人の想いは簡単には消えん。ままならないものだ』
「あんたにまで言われちまうのか……」
リヴェルの言にエックネンは首を落としている。それでも彼からは若々しい活力のようなものが感じられた。心が弾んでいるのだろう。
「これからもこの子をよろしくね」
ジーンは全体がタコのように硬くなってしまった手の平を両手で包み込む。
「おためごかしは要らねえよ。ちゃんとやるから心配いらない」
「違うの。これは気持ちよ」
また赤くなって俯く班長の様子が面白くてユーゴも笑う。
◇ ◇ ◇
「一回帰れた時に持ってきておいたんだ」
レズロ・ロパの自宅に戻って私物を回収した時に、母の持ち物の一部も持ち出していた。レクスチーヌの自室に置いてあったのだ。
「これとか、もしかして父さんの形見なんじゃないかと思ったりもして、ここにしまっておいたの」
「このハンドレーザー? お母さんの私物よ」
「うん、フィメイラの研究所の情報を分析して、事実上僕には父さんと呼べる人は存在しないんだって解ってから意味が分からなくなってたんだ」
ゴートの森には人間に危害を加えるような動物はいない。自然観察官のジーンには護身用としても不要な物だと判明して不思議に思っていた。
「母さんが軍にいたんなら変じゃなかった」
「そういうこと。それに、あなたは基本的にわたしの遺伝子でできてるの」
ふわりと抱き締められる。
「ベース遺伝子はわたしの物でも、ユーゴはちゃんと一人の人間。似ているところも似てないところもある。あなたに注いでいるのは決して自己愛じゃないって分かってほしいな」
「普通の親子じゃないかもしれないけど、母さんはすごく母さんだと思ってる。そんなこと考えたこともないよ」
感じる温かさと親愛に嘘偽りなど混じっていない。
◇ ◇ ◇
レクスチーヌ
「ようこそ、我が艦へ」
フォリナンは鷹揚に微笑んでいる。
「光栄です。一時は名を馳せたパイロットをお迎えできるとは」
「ありがと。ここは面白いところね」
マルチナの歓迎に素直に応える。
不思議な場所だ。軍艦に感じられる雰囲気というのがほとんどない。アットホームな一体感のようなものがあるとジーンは思った。確かにここならばユーゴも歪まずにいられたのかもしれないと思う。
「僕はこれが普通なんだって思ってたけど、フォア・アンジェってお祭り部隊って呼ばれてたんだって」
息子が教えてくれた。
「そんな異名も仕方ないかもしれません。軍では浮いてしまうようなはぐれ者が集まってしまっています」
「ちょっと変わっているかも。わたしはこういう空気が好きだけど」
(普段はこれでいい。でも、いざとなれば一瞬にして臨戦態勢に変わるのが軍人という人種だっていうのも知ってるし)
単純に、その落差の激しい人々が集まってこんな空間を生み出しているのだろう。
「こんな可愛らしいお嬢さんまでいるし」
オペレータ卓の年若い赤毛の娘の腕を取って引き寄せた。
「リムニーだよ、母さん。優しいお姉さんなんだ」
「そうなのね。ありがと」
「う……」
抱き寄せられた彼女は一瞬身を固くするが、すぐに恍惚とした表情に変わる。
「危険。この親子は中毒性がある」
リムニーのその台詞に皆が笑い声をあげた。
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