第十話
戦う意味(1)
2D投映パネルを睨んでレイオット・ボードウィンは唸っている。どこをどう考えてもその中身に納得できない。
「どうすれば運搬してきた資源衛星が一つ丸々消えるのかね?」
問い掛ける相手は蒼白になっている。
「それが私にもさっぱり……」
「責めているのではない。運搬に失敗する例も僅かだがある。この事例をなぜ私が知らないかが問題だと思っている」
「む、無論追跡はしました! しかし、ある時点から忽然と消えてしまって」
尻すぼみに声は頼りなくなる。
ガルドワインダストリーは定期的にウォノ星系の外縁部から資源採掘のための小惑星を運搬してきている。惑星ゴートには採掘できる資源はなく、衛星ツーラにも資源は少ないし採掘も制限されている。
しかし、生産には大量の資源、特に金属資源が必要だ。社を構えた頃は、各惑星に危険な軌道を取っている小惑星を積極的に捕捉し、爆破などで軌道を変えて利用していた。
近年は各惑星での採掘も避け、星系外縁の小惑星に推進機を取り付けて移送している。数年がかりの事業になるが、悪影響の少ない手段だった。
「判明している事実だけでも説明したまえ」
冷静に問い掛けるが、資源部長の震えは止まらない。
「このT7824衛星はツーラのラグランジュ点へと運搬されていましたが、移送先がゴートのラグランジュ点に変更指示があってから何度か軌道変更と減速を繰り返しました。そこからもう一度移送先変更が掛かって、再加速の命令を推進機に出した後の軌道が想定外の方向でロストした模様です」
「軌道計算ミスか。ウォノへと落ちて燃え尽きたとでも?」
「はい、おそらくはそうではないかと」
今の時代、航宙船なら軌道計算ミスなどあり得ない。ほぼ自動化されていて、目的地の入力だけで事足りる。
ただし、小惑星移送には該当しない。なにしろ質量でさえ重力場レーダーと試掘データからの概算値である。更に予測重心位置に狂いがあれば軌道計算には簡単に誤差が生じてしまうのだ。
それでも外方惑星軌道周辺なら電波レーダーで捕捉し続けられ、誤差にも都度修正が加えられる。だが、ゴート軌道周辺となると、過去の戦闘で撒かれたターナ
「社に大きな損害を出してしまい申し訳ございませんでした」
資源部長は平身低頭で謝罪する。
「どうして報告しなかったのだね?」
「事業計画書には会長のサインはございました」
「無論だ。それなりの大きな予算が掛かる」
T7824小惑星の名にも記憶もある。
「移送先変更指示書には会長以外の数名のサインしかありませんでした。軌道変更ミスなのでそれぞれご本人には報告したのです」
ガルドワの取締役は皆多忙である。多岐にわたる業務全ての指示書の類に目を通す時間も惜しまれるほどなので、変更指示などは略式で通ってしまうことが多い。
「その中にファガッシュ社長がいらっしゃいましたので、会長のほうには社長が報告するものだとばかり思っておりました」
思い込みで齟齬が生じたようだ。
「そもそも移送先変更の指示を出した覚えがない。それは資源部の判断か?」
「いえ、会長からの指示だと連絡を受けておりますが、手違いでございましょうか?」
「アード、通信記録は?」
秘書官は資源部長から期日を聞き出し調べ始める。
「やはり二年前のものは残っておりませんので発信元は確認できません」
「参ったな」
レイオットは溜息をつく。
重要な交信記録は保存されるが、膨大な量になるので一定レベル以下の重要度の記録は保存期間は限られている。こういった通常業務の変更指示の記録などは文書でしか残されないのは手続きとしておかしな部分はない。
「ツーラとゴートのラグランジュ点からゴートのみのラグランジュ点に変更か。このコースなら普通に考えればウォノに落下しているな」
予測軌道を計算して表示させながらレイオットは呟く。
「はい、推進機はもちろん、小惑星のほうも跡形もなく燃え尽きているかと」
「減速しなければそうなります」
推進機は転用可能品で移送後は外され、再び別の小惑星の運搬に用いられる。失われれば損害として計上されていなくては変だ。その損害記録も彼は目にした覚えがない。
「調べました。到達予測日前後でウォノの表面での異常反応は記録されていません」
アードが報告する。
「うむ、だとすれば小惑星は落下していないということになるな」
「そんな馬鹿な……」
恒星ウォノの大きさに比べれば小惑星とされる天体など塵粒に等しいサイズになる。それでも落下していれば多少なりとも表面温度に変化が見られているだろう。現在の観測技術で見落としている可能性は極めて低い。
「では、T7824はどこへ?」
資源部長は自らのミスにおののく。
「どこかに存在するか利用されたということだよ。それがテロ行為でないことを祈りたまえ」
「申し訳ございません……」
レイオットは何の裁定も下さず退室を促す。部長は驚きと焦り、将来への不安を胸にしたまま去っていった。
「完全にというわけではないが白だな」
最高責任者は眉根を揉みつつ言う。
「ああも表情に出ると管理職としては不安になりますが、おそらくは白でしょう」
「指示書にサインのあった者から洗い出しを進めてくれないか」
「承りました」
秘書官の答えにレイオットは頷いた。
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