戦う意味(2)

 ガルドワグループでは月に一度だけ各社の取締役を集めて情報交換を兼ねた昼食会が催される。

 その日の取締役昼食会終了後、会長レイオットは、グループ内最大の企業で軍需会社であるガルドワインダストリーマニションズ、通称GIMの社長モーゼン・ファガッシュを呼び止めて食後のお茶に誘っていた。こういったことは彼が業務内容に疑問を抱いた時によく起こるため、他の者は誰も気にせず退室していった。


「ちょっと気掛かりがあってね、教えてほしいのだよ、ファガッシュ社長」

 給仕が紅茶を出している最中に問い掛ける。そうしておけば彼らは速やかに席を外してくれる。

「おや、最近我が社のことで会長のお心を煩わせるような案件がございましたかな?」

「少し前のことになるので君が記憶していてくれればいいのだがね」

「ほう、お聞きしましょう」


 紅茶の香りが心を落ち着かせる中、レイオットは小惑星の件を切り出し、軌道変更指示に記憶が無いか問い質した。


「T7824小惑星? ああ、残念ながら移送に失敗した資源衛星の件ですな」

 失敗は珍しい例だ。記憶に残っていても当然だろう。

「二年前のことになる。経緯を知っているかね?」

「ええ、あれでしたら、GICとゴート再生計画室から資材の調達の打診が次々とありましてな、致し方なく二度に及ぶ軌道変更指示を余儀なくされてしまいました」


 計画そのものは予算の潤沢なGIM資源部が立案したものだが、グループ内でそれに便乗する動きがあるのは珍しいことではない。

 GICはガルドワインダストリーコンストラクションズ。建設企業だ。衛星ツーラ上の建設はもちろん、試験移住地関連の建設も手掛けている。輸送コストの兼ね合いでゴートとツーラのラグランジュ点に変更されたらしい。

 その後、研究部門のゴート再生計画室からも資材調達の要請があり、最終的にゴートのラグランジュ点に落ち着いたのだそうだ。ゴート上への研究施設建設計画があり、最も予算を持たないゴート再生計画室への配慮の結果だという。


「その結果、残念ながらポイントへの軌道変更に失敗してしまい、失われてしまいました。申し訳なく思っておりますとも」

 モーゼンは顔を顰めている。

「軌道変更計画は私のほうへは上がってきていなかったのだが、どうしてだろうな?」

「それでしたら私のほうで判断いたしましたよ。会長はお忙しい身。ましてやグループ内のことも当然ながら、ゴートの管理にまで心を割かねばなりません。勝手ながら軌道変更程度の指示などお耳に入れる必要はないかと存じまして」

「配慮には感謝しよう」

 そこまで言われては返す言葉は限られてしまう。


 モーゼンの言動、挙動、判断にも著しく不審な点は見られない。問い詰められているのに落ち着き払っているのはどうかとも思われるが、彼がそういう人間なのはレイオットも心得ている。


「それでも移送失敗の件ぐらいは聞いておきたかったものだ」

 苦言を呈して反応を見る。

「私としては恥を忍んで申し上げるのはやぶさかではなかったのですが、関わった各社の関係者にまで責任が及ぶと考えれば、我が社が泥を被れば済むことと思いましてな。497年度の収支報告書の片隅に記載するに留めておきました。叱責でしたら敢えて受けますが?」

「優しいことだな」

「確かに我が社は最大部門ではありますが、グループ全てを挙げての利益が繁栄への一歩だと考えております。お察しくださると幸いなのですが」

 それはレイオットの理念とも合致する。咎め立てはできない。


 彼はカップを持ち上げ香りを楽しもうとする。少し冷めてきたようで、思ったほどの香りを鼻は伝えてきてくれない。ひと口含んで唇を湿し、さも今思い出したかのように肩眉を上げた。


「そうそう、こちらで小惑星の追跡調査をしてみたのだがね」

 思わぬ方向へ水を向けたと思ったのか、モーゼンは訝しげにする。

「そこまでなさるほど気掛かりになる点がございましたか」

「うむ、これまでの事例からして君が諦めたのも頷けるくらい綺麗さっぱりとレーダーの走査範囲から消えていたな」

「そうでしょう? 報告を受けた時点で諦めましたよ」

 事例からの判断だと強調する。

「ところがだ、予想到達時期のウォノの観測データを調べてみたのだが、落下した形跡がない。私にはどうにも分からないのだが、君はT7824がどこに行ったと思うかね?」

「ほほう、そんな事実が? 聡明なる会長が推察し得ないことを、どうして私に分かりましょう? 謎ですな。詳細な調査が必要でしょうか?」

「いや、構わんよ。明解な結果は出ないだろう」

 予想の範疇を越えない。彼が事実を知っていない限りは。


 礼を言ってモーゼンを帰す。材料としては不十分だが、これ以上問答しても得られるものは無いと判断した。


「明言はできない。黒に近いグレーだな」

 秘書官のアードを流し見る。

「はい、理路整然とし過ぎているきらいがあります。用意してあった文言を並べ挙げているような」

「だが、追及するには足りない。難しいな」


(手駒が足りない。オービットを送るべきではなかったか?)

 そんな思いが頭をよぎる。

(あれは仕方ない。私兵に近い存在であるフォア・アンジェへの指示にまで干渉してきた形跡がある。その所為で直接指示を送れるラティーナを差し向けざるを得なくなった)

 本人の希望もあるが、彼の思惑でもある。

(根深さを感じさせる。思い切った策が必要かもしれない)

 が、その場合は代償も考慮しなければならない。


 冷めてしまった紅茶は、悩みも相まって風味を感じられなくなっていた。

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