ジレルドット攻略戦(12)

「解析終了。逃走機体、やはりアクス機だった模様です」

 観測員ウォッチからの報告。

「確認! クランブリッド編隊、健在です」

「そう……」

 ラティーナは安堵の息を吐いた。

「敵部隊の掃討はほぼ完了。帰投を命じますか?」

「いいえ、彼にはまだ目的があるの」

 オペレータの言には彼女への斟酌が感じられたが拒んだ。


(応えてほしいものね。ユーゴのたっての頼みだもの)


 ラティーナはこの後の彼の行動も承知している。


   ◇      ◇      ◇


 センターポールから居住区への隔壁は厳重なロックがしてある。ブロックをリヴェルに外してもらうと、ユーゴは中へとリヴェリオンを進ませた。


「どうするんだ?」

 続いてきたルフリットが質問する。

「ちょっとお願い」

「お願い?」

 コルネリアも首をひねる。

「リヴェル、全体に声を届かせる設備があるかな?」

『普通に考えればあろう。見つけた。繋げるか?』

「ありがとう」


 大きな通りの中央へとリヴェリオンを降下させて立つ。ハッチを開けてシートをスライドさせるとユーゴは立ち上がった。ヘルメットも脱いで呼び掛けを始める。


「僕はガルドワ軍のパイロットでユーゴ・クランブリッド。僕の話を聞いてください」


 建造物に避難していた人々はその呼び掛けを耳にすると周囲を見回す。そしてリヴェリオンの白い機体を見つけた者は徐々に姿を見せ始めた。少年がハッチの外に出て、全身を露わにして戦意が無いことを表明していたからだ。


「不幸な過去がありました」

 彼は抑えめの声で伝える。

「あなた方の祖先は惑星資源を飽食し、普通の方法では回復不可能なところまでいってしまいました。それでも地表に執着し、そこが権威ある場所であるかのように振る舞ったのです」

 腕を上げて宇宙を示す。

「強引に他所に資源を求め、傷んだ大地を覆い尽くそうとまでしました。その手法を憂いた人はこの惑星ほしを無理にでも休ませる必要を感じたのです。氷塊落としです」


 その時レーザーが走り、ユーゴの左の脇腹をかすめた。痛みに顰めた顔を伏せると無理に繕い、毅然と前を向く。


「お前らがやったんじゃないか!」

「やめなさい! あんな子供に!」

「もう戦う気はないと言ってるんだぞ!」


 ハンドレーザーを持ち出した者は取り押さえられ、もう一度皆の視線が戻ってくる。


「舞い上がった灰燼は長く厳しい冬をもたらし、この惑星ほしは眠りの時を迎えました。そして今、目覚めようとしています」

 スキンスーツの締め付けで大量出血には至っていないが、太腿まで血が流れる。ユーゴはそれを無視して語り続けた。

「過ちを省み、今度は目覚めた大地とともに暮らしませんか? 惑星とともに生きる道を歩めませんか?」

 両手を前に訴え掛ける。

「僕はガルドワの頂点にいる人にお願いしました。あなた方にもこの大地で生きるのを許してください、と。レイオット会長は約束してくれました。移住地を用意してくれるそうです」


 皆は顔を見合わせ、それが真実なのか反応を窺っている。「本当か?」「子供のお願いに偉い人が応えるのか?」と声を上げる。

 するとリヴェリオンの上に巨大な立体映像が浮かび上がる。巻き衣を纏った紫髪紫眼の男性が長い髪を後ろへと流しながら右腕を横へ振る。


『我はゼムナの遺志リヴェルである』

 荘厳な声が響く。

『これは我の子。協定者と呼ばれる者。いかな為政者もその声に耳を傾けざるを得まい? 信じよ』


 ざわめきが巻き起こり、そしてまた収まっていく。人々の瞳には希望の光が宿っていた。


「何も無い場所です。食料や資材の支援は充分にありますが、皆が協力して暮らせる場所は自分で作ってみてください。甦った大地の息吹とともに暮らしてみてください。あなた方は惑星の命を感じられるでしょう。復活をともに祝えるでしょう」

 少年は保証するように微笑む。

「そして、いつか同じくこの地で暮らすことを選んだ方々と交流してみてください。そうすれば、争う必要など欠片もない、同じ人間だと思えるはずです。それが僕の希望です」

 ユーゴは頭を下げる。

「お願いします」


 皆からの拍手と感謝が少年へと押し寄せた。


   ◇      ◇      ◇


(神々しい)

 コルネリアにはそう思えた。


 つたない言葉だったがそれは人々の心へと伝わり、ほとんどの者を従わせた。精神的不安定さを感じさせた少年の姿はもう無い。印象を大きく変え、超然とした空気を纏う彼には誰も不安など覚えないだろう。


(大人になっちゃったのね)


 追い越されてしまったと感じた。


   ◇      ◇      ◇


 ルフリットは緊張で震える足を何とか前に出す。目の前に立つのは見知った人物だが、大勢に見守られる経験などほとんどない。


「ルフリット・ゴースレーを三銀宙士に任じます」

 ラティーナが階級章を手渡す。

「謹んでお預かりします!」

 声が裏返ってしまった。


 外野がやいのやいのとうるさい。基地の人だけならともかく、今は両親や街の知り合いまで詰めかけている。否が応にも緊張した。


「死にかけた価値、あったね」

 続けて階級章を受け取ってきたコルネリアが囁く。

「黙ってろよ」

「ぷふふ」

 完全に馬鹿にされている。

「でも、これでユーゴともお別れかぁ」

「仕方ないって」

「待ってて。みんなが笑って暮らせるようにしてみせるから」

 その時は一緒に笑っていられるとルフリットは思っている。


 三人は堅く手を繋いで微笑み合った。


   ◇      ◇      ◇


 飲み干されたグラスがトンと卓に置かれる。上司は上機嫌である。


「協定者だぞ、協定者。我らの製品は完璧だ。ゼムナの遺志も認めたのだ」

「その通りでございます」

「我らの理念も認められたに等しい」

「おめでとうございます、モーゼン様」


 破顔したまま「さて」と思案を巡らせている。


「生産に移れ。それと最終試験も必要か、フィガロ? 『槍』も送ってみるか。使える者がおるかどうかも分からぬがな」

「準備いたしましょう」


 青年は頭の中で段取りを組み上げ始めた。



※ 次回更新は『ゼムナ戦記 伝説の後継者』第九話「独立と外交」になります。

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