ジレルドット攻略戦(10)

 壁面に開口部が見える。高度はマイナスで250mを超えた。ほぼ下部階層に到達したのだろう。


(プラント階層も抜けた。ここからたぶん工廠階層)

 最下層は艦艇の工廠らしいので、ここはアームドスキンが主だろうと思われる。


 敵機が横穴へと散開していった。ゆっくりと近付いて中を覗くと、多くの基台がずらりと並んでいる。見渡す限りの基台の数々に誘い込まれた意味を知った。


(ターナミストはかなり薄い。でも、こんな場所じゃレーダーなんてあまり意味はない。遮蔽物だらけだもん)

 敵は認識できるが、距離感は曖昧だ。不用意に砲撃しても僚機が熱反応などで探知しにくくなるだけ。利敵行為だ。


「どうする?」

 ルフリットの声音には迷いがある。

「こっちも遮蔽物を使おう。リンクデータに注意してて」

「レーザースキャン飛ばしちゃ駄目よ、ルット。それより熱反応と、レーダー発振で動体反応をチェックすべき」

 コルネリアのほうが機転が利く。

「二人で左右を固めつつリヴェリオンに付いてけばいいから」

「なるほどな」


 彼も気付いたようだ。他の編隊も隊形を維持しつつじっくりと移動している。遮蔽物が多い状態で飛び上がったりすれば単なる的になるだろう。


「伏兵、あるか、ユーゴ?」

 部隊回線にスチュアートの声。

「いるよ。でもそんなに多くない。落ち着いて対処すれば大丈夫」

「了解だ。範囲が広い。戦闘を想定はしていないだろうが相手のほうがここを把握している。慎重に展開」

 応答が重なる。


 無線状態はクリアなのに視界が狭いのは緊張感をあおる。言われなくても慎重にならざるを得ない。


(入り込んだ場所は見間違ってはいない。どこに居る、アクス?)

 適性認識できる灯が散在して見分けがつかない。最も警戒すべき敵が把握できないのにはユーゴも困る。


「なんだよ、これ」

 荒い息遣いとともに苦言が聞こえる。

「環礁宙域だってこんなに狭くない。どうやって戦えっていう。演習項目にないのに!」

「落ち着け!」

「どうやって!? いつ撃ってくるか分からないんだぞ!」


 平常心を保てなかったパイロットによってビームが乱射される。空のアームドスキン基台は誘爆こそしないが、焼けて散乱する。


「駄目っ! 熱反応死んだ! カット!」

 コルネリアが叫ぶ。

「こうなるってのか! 動体反応も怪しくなったぞ」

「くそぉ! どこに居るんだ! 出てこい! ああっ!」

 ルフリットの声と興奮した叫びが錯綜する。一瞬の後に爆音が響き、閃光が大きく広がった。

「無闇に発砲しても射線を読まれるってこと。爆発もさせちゃ駄目ね」

「やらかしたな。センサー全滅じゃん」

「でも条件は同じ。動きやすくなったよ」


 敵からも見えづらくなった。ユーゴは騒然とする部隊回線音声を下げると、反重力端子グラビノッツの出力を上げて機体を浮かし、パルスジェットで移動を始める。

 二人には外部音声を拾っての探知に切り替えるよう促した。距離感は厳しいが方向は掴めるはずだ。案の定、基台が焼けて崩れる音に混じって足音が聞こえる。


「リヴェル、情報統合して俯瞰図作れる?」

『可能だ。出すぞ』

「これ、使えるぜ」

 データリンクで共有もしてくれたようだ。


(センターポール方向に移動している編隊。あれだ)

 混乱に乗じて動く敵編隊を察知する。

(少し遠い。間に合う?)

 目標設定ターゲッティングをして二人を誘導する。


「読めてるんだよ!」

 できるだけ急いで接近し、動揺を誘うように共用回線に叫んだ。

「遅いな」

「させない!」


 敵機が跳ね上がり周囲にビームを乱射する。目標を定めていた三人は二機の狙撃に成功し中破させる。しかし、一部の敵は砲撃を避けてそのままセンターポール内を降下していった。乱射により混乱は激化の一途を辿っている。


 敵の中に鈍色の機体を確認したユーゴは下層へと追撃する。降下した先ではセンターポールは八本の支柱へと変化していて、それは水中へと没していた。


   ◇      ◇      ◇


 最下層は見渡す限りの水面だった。今は全体に薄暗く4km先にあるであろう壁面は見通せない。

 随所に太い支柱が下りていて、そこから放射状に桟橋のような物が広がっている。そこは艦艇の生産工廠なのだとルフリットは理解した。ここを満たす水に浮かせる形で少しずつ組み立てていくのだろう。ただし、現在は一隻とて残っていない。ユーゴに説明された通り廃棄されるのだろう。


(さっき水音がした。敵は水中に潜んだってことか)

 400m近く上の地上は極寒の世界だが、ここは地熱で多少温められている。凍らないままの水が大量にあるのだ。


 アームドスキンは水中機動も可能。気密は充分だし、イオンジェットの加速器は磁場でそのままジェット水流も生み出せる。耐圧の問題で深海探査までは専用機体でないと困難だが、戦闘用アームドスキンでも仕様的には数十mの深度までは潜水可能だとされている。


「何機いる、ユーゴ」

 桟橋の一つに降下しつつ尋ねる。

「九機。でも深さまで分からない」

「イオンビームは水中だとすぐに散乱しちゃうでしょう? 有効射程はどのくらい?」

「300mもないと思うよ。ほとんど意味ない。それに不慣れな水中戦闘に付き合う必要なんてない。僕には視えているから桟橋に着地しよう。少しは死角を潰せる」

 飛んでいればどこからでも狙われる。

「よし、じゃあ三人で三方向をカバーして迎撃だ」

「そうね」


 センターポールの太い支柱から伸びる桟橋の一つに少年少女は陣取った。

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