協定者(5)

 姿を見せたユーゴは元気そうで、戦闘オペレーターのリムニー・チックベルも安堵の息をはく。続いてラティーナも艦橋ブリッジへと入ってくる。明らかになった彼女の血筋と現在の地位に少し緊張するが、激戦をくぐり抜けた時と同じ表情で抱擁を受けると意識は変わっていないのだと安心できた。


「変わりない?」

 少し大人びた口調もそのまま。

「うん。ラティーナも?」

「私は家に居ただけだもの」

「ごめん。ユーゴのこと、色々と……。何もできなかった」

 後悔が先に立つ。

「謝らないで。彼が自分で選んだんだし、みんなにはどうなるかなんて予想もつかなかったでしょ?」

「今は大丈夫みたいだけど、一時は相当悪かった。それを……」

「私も見たわ。誰も恨んでないから。むしろ自分が情けなくて」

 彼女なりに苦しんでいたと知って、共感するように腕の力を強める。


 しっかりとした受け答えをするユーゴに皆がホッとしている。フィメイラの死が確認された時はもう回復は望めないかと思っていたほどなのだ。

 それなのに彼は帰ってきた。比類なき力を手にして。危うさも感じる力だが、転げ落ちる様を見続けていた彼らにすればどれだけマシなことか。

 確認されている破壊神ナーザルクは少年一人だけとなった。そして協定者でもある。事態は否応なく彼を中心に動いていくだろう。近くでそれを感じるのは幸か不幸か。それはまだ分からない。


「えー、忙しいの?」

 ユーゴがエックネン班長に思いっ切り頭を撫でまわされている。

「まあな。機体もパイロットもまた入ってくる。その世話がな」

「ごめんなさい。僕が負けた所為で班長が一生懸命整備したアームドスキンも失われたんだもんね」

「精一杯やったんだろ? なら悔いるな。坊主がいなきゃどうなっていたか分からないんだ。生きてるんなら明日がある。うちの若い連中が今ひーひ―言ってんのだって将来の肥やしになるんだ」

 修行のために放り出してきたらしい。もちろん少年のことが心配だったのだろうが。


 少年の感情が上向きになるとチルチルも陽気に飛び回る。それと同時にリヴェルが現れると、担当SEのペリーヌが飛びついた。


「なんて高精細なアバター! 彩色があるとこうも立体感が際立つんだ! 素晴らしいわ!」

 まるで捧げ持つように手を伸ばすが、当然のように空振る。実体など無い。

『興奮するな。汝が思うほど難しいことではない』

「ふぁー! わたし、ゼムナの遺志と会話してるぅー!」

「落ち着いてよ、ペリーヌさん。リヴェルが困っちゃうから」

 身悶えする新しい物好きに彼も困り眉になっている。

「騒ぎすぎ」

「ああうっ!」

 リムニーはつねって止める。

「でもぉ……」

『仕方あるまい。描画素子の設計図と制御ソフトウェアは送ってやろう」


 リヴェルが彼女のタブレットを指差すと、勝手に表示が動き出す。そこにデータが流れ込んでいるらしい。


「あひゃあ! かなり高度なブロック掛けてるのに!」

 泣き笑いの表情になっている。

『そんなものは紙一枚ほどの意味も無い。これのσシグマ・ルーンにダウンロードした最新データもそれから抜いた。対価を受け取れ』

「ああ、もう悲しいのか嬉しいのか分からないしぃ!」

「とりあえず両方ともエヴァーグリーンの技術部に流して。すぐに実装させるから」

 なぜかラティーナの鼻息も荒い。

「わたしの手柄?」

『詫びでもある。リヴェリオンにソフトウェア管理は不要。今後、汝は用をなさないのだ』

「ああっ! そんなぁ!」


 当然だろう。ゼムナの遺志が付いているのだ。ハード面を除けば人間の技術者などに出番など無い。

 縋り付くペリーヌにユーゴは「これからはただのお友達だね」と言っている。それですぐに機嫌が直っているのだからお手軽である。


(これからもユーゴが身近であるとは限らない)

 リムニーなりに過去の協定者の起用について調べてみていた。

(それも参考になるとも思えない。ほんの一端に触れただけでもこの騒ぎ)

 アバター技術だけで大きな変革になるだろう。この通り、協定者は宝。そして宝箱でもある。

(ガルドワは絶対に取り込もうとする)

 ラティーナに何をさせるか分からない。


「難しい顔でどうしたのさ?」

 肩に手を置かれた。

「ここは美人が多くていいね。もちろん君も入れてさ」

「馴れ馴れしい」

 身を離しつつ見上げる。


 そこには癖のある赤毛に緑色の瞳の男。印象では、美男子というより優男といったほうがぴったりくるだろう。


「怒られたではないか。だからいつも無闇に触れるなと言っている」

 低く流れる声が耳に心地いい。

「いやいや、美しい女性を褒めたたえるのも礼儀じゃないか」

「時と場合を選べ。せめて自己紹介くらいしてからにしろ」


 黒髪に青い瞳の、細身ながら筋肉質の男に諫められている。こちらは精悍という表現が最も似合っているように思う。


「ごめんね、リムニー。うちの連中が。私付きの護衛なのよ」

 彼女の立場では外せない存在に納得する。人格のほうはとりあえず置いておいて、になるが。

「そうなんだ」

「ええ、こっちの彼が……」


 エドゥアルトとレイモンドというらしい。それとなくユーゴを盾にしつつ見ているとウインクされた。


「レンって呼んでくれ」

 にっこりと笑いかけてくる。

「呼ばない」

「拒否された!」

「お前が距離感を間違えたからだ」

 エドゥアルトのほうは分別のある男性らしい。


 ユーゴがいない時に出会ったら彼を盾にしようと記憶にとどめた。

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