協定者(6)

「戦場に散った勇気ある戦士の魂に敬礼!」

 皆が哀悼の意を込めて敬礼する。


 各艦の主要乗員が戦艦エヴァーグリーンの甲板デッキに整列して執り行われた追悼式の様子はそれぞれの部署の2D投映パネルで流れている。総員が合わせて敬礼とともに黙祷した。


 追悼式の後は戦友を喪っためいめいがグループに分かれて送る会を開いたりするものだが今日はそうもいかない。式に集められたメンバーはこれから続いてザナスト討伐艦隊結成式に参加が義務付けられていて、そこで司令官からの訓辞と辞令が申し渡される。格納庫ハンガーに移動した全員は、そこに設えらえている会場で整列し直した。


「スチュアート・クロノ宙士を二金宙士に任ずる」

 式辞は続き、パイロットの番が来てラティーナが辞令を読み上げる。


 パイロットは全体に階級が高い。常に命を懸ける部署だけあって配属された段階で見習いでも一銀宙士に任じられる。

 ただし、訓練と演習が主の正規軍宙士は昇進の機会が少ないし、フォア・アンジェのような実戦部隊では昇進の機会は多くても、それは生き残れたときの話になる。


「おめでとう!」

 同僚からの祝福の言葉と拍手にスチュアートは手を上げて応える。それをエヴァーグリーンと僚艦のアイアンブルーのパイロットたちは冷ややかに見つめている。

「さすがはお祭り部隊。場を弁えるというのを知らないらしい」

「お上品な正規軍の坊ちゃん嬢ちゃんは仲間の晴れ舞台を純粋に喜ぶこともできないんだってさ」

「静粛に!」

 ミード副艦長が睨みを利かせ、それをロークレー艦長が諫めている。

「型式張ったのを司令官閣下はお望みでない。控えなさい」

「失礼いたしました」


(纏まりがないのはちょっと考えものね。あとでボッホ艦長とオービットと相談しておかなくては)

 ラティーナは鷹揚に微笑んだままでそんなことを考えている。


 そうしているうちにユーゴの番がやってきた。ここは彼女が想定していたのと少し段取りが変わってしまっている。不本意ではあるが無視できない規定に沿わなくてはならない。


「ユーゴ・クランブリッドを二金宙士に任ずる」

 本人はきょとんとしているが、周囲はざわついている。

「一気に二金宙士だって? せいぜいが一金だと思ってたのに」

「うわお、速攻で追いつかれちまった」

 頭を抱えるスチュアートを同僚は笑っている。

「同時にクランブリッド宙士を近衛隊所属とする」


 エドゥアルトは腕組みして頷き、レイモンドが親指を立てて合図を送っている。彼らが匂わせていたのはこのことだったのだ。ユーゴは二人の同僚になる。


「ただし、クランブリッド宙士は協定者でもあります。ガルドワ軍の規定により、自由裁量権を有しています。彼の行動は誰も束縛できません」

 これを告げておかなくてはならなかったのだ。

「自由裁量権?」

「うん、君は誰の命令に従わなくていいし、どこに居てもいいの。だから近衛隊所属は便宜上のもの。でも、わたくしがアームドスキンに乗るときは守ってくれる?」

「もちろんだよ!」

 式典中とは思えない空気が流れる。


 二人の様子を見つめる冷たい視線にラティーナも気付いていなかった。


   ◇      ◇      ◇


 司令官席に戻って背筋を伸ばすと凝りがほぐれるような感触がある。やはり緊張していたのだろう。アバターのサミルが労わるように頬に手をやるのに微笑みかけ、思い直すように前を向く。


「エヴァーグリーンとアイアンブルーのアームドスキン隊は、フォア・アンジェ部隊を意識しているようですね」

 当然のように控えていた副司令のオルバ・オービットが応じる。

「お祭り部隊と揶揄するのも、自分たちが経験していない過酷な戦場を知っている彼らへの対抗心が含まれているものと思われます。我らが本道だ、優れているのだ、と信じる思いの発露でしょう。フォア・アンジェ側にも戦場を知らない者が意気がるなという思いがあるようです」

「互いを認める手段が必要ですね。何とかしましょう」

「お手伝いさせていただきます」

 深い色の金髪が揺れるのを視界の隅に感じる。

「そんなに問題視するほどではないと思いますけどね」

「控えろ。閣下の心痛を慮れ」

 レイモンドの軽い調子をエドゥアルトが戒める。

「だってさ、一度肩を並べて戦えば分かるってもんじゃないか。お互いに完璧じゃないってのは」

「助け合わねば命の駆け引きの場はくぐり抜けられんということか」

「なるほど」

 そのひと言でラティーナと同じ閃きをオービットが得たのだと分かる。


 オルバ・オービットは敏い男だ。切れ者だからこそ軍の中にあって父レイオットに見いだされ、そして件の組織を調査する任を極秘に受けていたのである。

 その過程で危険な場所へと踏み込んでいく彼女の前に現れ忠告してきた。一瞬は組織の人間かと思い警戒したラティーナも父に紹介を受けて信用するに至っている。

 結果として彼は今、少女の補佐役として傍らに控えているのだ。


「少し詰める必要はあるでしょうが、そちらは何とかなりそうです。が、何度も申し上げますがやはりあの少年は危険です」

 オービットとの間が固いままなのは、この主張が受け入れがたいからだ。

「ユーゴは大丈夫と言っているでしょう? 見て感じない?」

「あの純真さが仇になるとも考えられます」

「分からない人ね。ましてや協定者。ガルドワが放してはいけない存在よ」

 情が無理なら利を説く。

「何もかもが彼に集中し過ぎております。御身にいつ災いとなるか測りかねますれば、取り込むにせよお傍に置くまでは不要と考えます」

 忠義心からであれば一言に切り捨てるのも難しい。


 退かない男にラティーナの心痛は深まるのだった。

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