協定者(4)
ラティーナが
「小さいなぁ。まだ本当に子どもじゃん」
ユーゴは身長が彼の肩までくらいしかないのは事実だが、内容的には面白くないものだ。なのにどこか憎めない空気を放っている。
「よせ、レン。彼は十四、まだ成長期だ」
「分かってるって。今からさ。よろしく、ユーゴ」
「よろしく頼む、ユーゴ・クランブリッド」
差し出されるままに握手を交わす。
二人はラティーナの護衛なのだそうだ。正確にいえば近衛隊に属するパイロットらしい。彼女がアームドスキンに乗るときはもちろん、公的に行動するときもこうして随行する任務なのだと説明された。
「大きいほうがエドゥアルト・フィスカー。軽いほうがレイモンド・グリファス。二人とも一杖宙士よ」
ラティーナが紹介してくれた。
「軽いほうって何ですか、プリンセス」
「プリンセスと呼ぶな。司令官閣下と呼べ」
「いつもこんな感じだから気にしなくていいわ、ユーゴ」
彼女自身は何と呼ばれようが構わないらしい。公人の顔だ。それでもユーゴが同じことをすればへそを曲げるのは確実なので間違えても真似はしない。
「二十九歳で同期なんだって。だから気の置けない間柄みたいね」
「へぇ」
「腐れ縁って奴さ。一時期は離れて清々したのに、なんの因果かまた一緒。しかもたった二人だけの配属ときてる。それもやっと終わりみたいだけどね」
レイモンドはどこまでも気安く話し掛けてくる。二人の雰囲気は基本的に変わらないのだろう。そのくらいの人生経験を感じさせる。
「やめておけ。正式な辞令はまだだ」
エドゥアルトの言は堅いが、低く落ち着いた声音に険はない。
「でもさ、ちょっと楽しみじゃないか。なんたって協定者だぜ、協定者。現役世代なんか誰一人と知らないっての」
「興味がないと言えば嘘になるが」
「んー、正規軍の人はずっと訓練してるから強いって聞いてるけど」
噂ではそうだが、実のところはユーゴには分からない。
「いや、フォア・アンジェの者は覚悟が違う。何とも言えない」
「この二人はお父様が呼び寄せただけあって本当にすごいわ。指導してもらったから分かるの」
「ふーん」
この話題になるとユーゴの中にもやもやが生まれる。未だにラティーナがアームドスキンに乗る必要性が納得できないのだが、それは彼女が自分に対して抱いた感情に似ていると思う。なので一言に否定ができない。
「おいおい、そんなに嫉妬しちゃ駄目さ。プリンセスはオレたちに頼むしかなかったんだって」
レイモンドが誤解して宥めてくる。
「違うのです。ユーゴは私がアームドスキンに乗るのが気にいらないの」
「なるほど。理解できるぞ」
エドゥアルトは心配ないとばかりに少年の肩に手を置く。
「守るべきと願うのなら危険にさらしたくないのだろう? なに、儀礼的なものだ。そう気に病むほどの頻度にはならない」
「そうそう。そのためのオレたちだし」
彼らは全ての場面でラティーナの警護をするのが任務らしい。実力のほどは知れないが、父親のレイオットの信を勝ち得ているということは相応の実力者であるはず。
『確かに悪くない。案ずることはないぞ』
彼の不安を読み取ってリヴェルも保証してくれる。
「そうなんだ」
『それなりの成績を残している』
「調べたのですか?」
喋り始めた3Dアバターに呆然とする二人をよそにラティーナが尋ねる。
『データ上のものなら我に秘密など持てはせんぞ』
「心しておきます」
彼がゼムナの遺志だと聞いて二人は胸を撫で下ろす。完全に虚を突かれて恥じる彼らをラティーナは笑った。
「なんで?」
「何が?」
突然の質問にラティーナは尋ね返してくる。
「そんなにべったりの護衛なら、どうして女性を選ばなかったのかなって」
「いやいや、そこまでべったりじゃないって! ちゃんと身の回り担当の女性がいるから! 変に勘繰られたらオレが会長に何されるか!」
腰砕けになるレイモンドに皆が吹き出した。
◇ ◇ ◇
ユーゴの頼みで寄り道をする。案内された場所にはガラスケースの中で眠るように静かに横たわっている女性の姿。
(彼女がフィメイラ)
ラティーナも動画で見た人物だ。ほとんど白に近い髪に縁取られた顔はどこまでも白く、もう生気は感じられない。
(綺麗で柔らかな顔立ち。どこまでが処置の結果なのかは分からない。或る種の神々しさまで感じられる)
低温下で保存されている遺体はなお美しい。
「ごねんね、フィメイラ」
ユーゴが跪いて女性に詫びる。
「君にもまだ時間があったはずなのに、僕が来たばかりに全部奪っちゃった。こんな運命を科した誰かには償わせるから。今は一人でゆっくりと眠っていてね」
「どうか安らかに」
彼女もそう願う。
「申し訳ないけど、彼女はツーラに送らせてね、ユーゴ。どうしても最低限の調査は必要なの」
「うん、もう戦場になる場所には居させたくない。でも、あまり酷いことはしないであげてほしいんだけど」
「もちろんよ。それは強く戒めておくから」
少し検体を採取するだけで済ませるよう、きつく言い含めてある。ラティーナもこれ以上彼女を辱めるようなことはさせたくない。
「いつかは……」
少年が送った言葉の先を彼女は訊く度胸がなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます