ナーザルク(7)

 フォア・アンジェ排除を命じられた五隻の艦隊の中心でトニオ・トルバインは笑う。発見した三隻のカウンターチームにはプロトツーが居る。あの甘ったれた奴を倒せば自分の最強が証明できる。

 更には実働艦隊を失ったガルドワは新たな戦力投入を考えなくてはならない。それが同規模のものなら損害は増えるだけ。上回る戦力になるはず。

 それは衛星から押さえつけてくるあの生意気な連中が本腰を入れたという証明になる。ひいては国際社会に管理能力を問われることになり、ザナストとの正面衝突は避けられない事態になるだろう。


(その戦いも、僕一人が居れば戦力差など意味は成さない。頂点への道筋はできあがっているじゃないか)

 頂から見下ろす風景は彼を酔わせるだろう。そこへの第一歩が刻まれようとしていると感じた。


「壊滅作戦の記念碑といえるこの地でザナストは復権への本当の戦いが始まるぞ。これこそが本当の戦いというものだ!」

 いつもは冷めた目を向ける周囲も、この時だけは少年に賛同して熱さを帯びる。

「新たなる記念の地に!」

「我らの闘争の始まりだ!」

「ゴートに栄光あれ!」


 足を強く踏み鳴らして皆が奮起していた。


   ◇      ◇      ◇


「遅くなりました!」


 ユーゴに送り届けてもらったマルチナが艦橋ブリッジに駆け込む。そこは戦闘前特有の空気に包まれつつあった。


「頼む。あまり良くない。確認する限りで五隻の敵艦隊が確認できる」

 艦長が全体の戦況の把握に努めなくては纏まらない。そのためにはマルチナが実務的な指示を下さなくてはならない。

「アームドスキン隊発進状況は?」

「順次発進中です。フィメイラはそのまま再発進しました」

「全機が発進したらレクスチーヌは後退。外輪山の尾根の開けている場所へ下げなさい。戦闘の邪魔をしないように」

 了解の声が飛ぶ。

「オルテーヌとルシエンヌにも足並みを揃えるよう伝えよ。この雪原を戦闘地域として設定する。アームドスキン隊、混戦に備えよ」

「全機発進急げ! 艦隊は後退する!」

 フォリナンの命令に呼応してオペレーターが声を振り絞る。

「フィメイラ、補給は? ……ではそのままで。レクスチーヌは山陰に後退するから見失わないように」


 リムニーの声にも真剣味がこもっていた。


   ◇      ◇      ◇


(大戦力を繰り出してきた。連中、本気だぞ)

 スチュアート・クロノは気を引き締めて掛からねばならないと思った。

(露骨にフォア・アンジェを潰そうとしているな。それだけの準備が整ったということか?)


 確かに本社ガルドワが腰を上げるにはそれなりの時間が必要。とはいえ年単位で掛かるわけではない。ザナストの戦力が充実していなければひと思いに打ち砕かれてしまうだろう。


(いや、奴らとて動かされているところがあるだろう)

 そうとも思う。

(ユーゴがこちらに居て、あちらには同じ破壊神ナーザルクであるトニオが居る。それはつまり、件の組織はこの状況を実験の一部と考えている証左になる)

 それは艦長たちとも事前に話し合った内容である。

(あっちに流出する情報如何で作り出されている戦場だ。そこで命を張る俺たちのことなど考えもせずにな!)

 苛立ちは戦意に変える。盤面を眺めて笑っている人間への対応は目の前の敵を倒してからだ。


二機編隊ペアを崩すな! 味方との相対位置も頭に入れつつ動け! 孤立するな!」

 スチュアートは指示を飛ばす。

「ユーゴ、突出するな!」

「あいつら、タイミング悪いんだよ」

 新雪を巻き上げつつ黄色いアームドスキンが低空を駆けている。

「早く片付けてフィメイラを!」

「急ぎ過ぎだぞ」

「スチュー、あたしたちは逆に邪魔になるからあの子はそのままで!」

 メレーネが言ってきた。


(ユーゴの戦い方を知っている人間に従うべきか?)

 彼でさえ多少迷うところだ。


 そうしているうちにフィメイラがテールカノンを放つ。大口径のビームは敵部隊に突き刺さり、光球を花開かせた。

 すぐに応射が返される。それはユーゴ機の近傍に着弾し、雪煙を舞い散らせる。白い煙の中から繰り返しビームが放たれ、それがまた敵部隊に大きな損害を与えていっていた。


(悔しいが真似できるもんじゃない。あれは自由にさせておくのが正解か)

 無理をさせれば戦力低下になる可能性もある。敵の戦力を考えれば最も有効に作用する戦術を取るしかない。


「行くぞ、オリガン」

 僚機に伝える。

「僕らは僕らの戦い方をしましょうよ、隊長」

「そうだな」


 光学ロックオンを避けるように機体を揺らしながらこちらからも狙撃を加える。そうそう当たるものではない。しかし、慣れたオリガンの射線を読みつつ敵の回避機動を予想して放ったビームは敵機を捉える。

 オリガンもスチュアートの射撃に合わせて狙いを定めている。これが二機編隊ペアで戦う意味の本質である。向き不向きはあるにしても有用な戦術であるのに変わりはない。


(それだけユーゴが特殊だということだ)


 火線が交錯し、戦場は混戦模様へと変わっていく。彼のような存在は戦況を大きく変えるのかもしれないが、あくまで戦場の主役は自分たちのような普通のパイロットであるのは間違いない。


(あいつみたいなパイロットだけで戦場が成り立つのではないということだ)

 ビームブレードで輝線を描きつつスチュアートは思う。


 自ら信じる節理の中に、少年を表す本質が潜んでいるとも気付かずに。

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