ナーザルク(6)

 傍らで心配げに見つめるユーゴのことは気になるが、そう手加減をしてはいられない。これは重大な面談なのだ。


「では、自分が生まれた理由を肯定はしていないと思っていい?」

 思想的な意味合いを問い掛けてみる。

「否定もしません。それほど絶望はしていませんから。あなたがおっしゃりたいのは、わたしを作り上げた組織に協調しているのかということでしょう? それは無いと申し上げておきます」

「言葉だけで信用するのは難しいわ。パイロット適性に特化した人間が優れているとは考えていないと?」

 先制パンチを送り込まれたので軽くカウンターを入れておく。

「仮に成功していたとしても破壊神ナーザルクの用途は限られているでしょう。進化形などと考えたりできません」


 フィメイラは、自分のことに関しては正確に把握しているらしい。もう少し突っ込んだ質問もできそうだと考えた。


「用途に関してもご存じ?」

 相手の反応を注意深く観察する。

「それが一向に……」

「分からないと?」

「おそらく思想的なものだと思うんです」

 推測したことはあるようだ。

「正直に申し上げて、わたしたちの存在は実用的ではありません。兵器として考えるには育成に手間暇と時間が掛かりすぎます。大量生産には不向きでしょう?」

「その通りだわ。人間一人ひとりをゼロから作り上げて戦場で消費するのはあまりにコストパフォーマンスが悪すぎる。あなたもそう考えて?」

「何か別のコンセプトでの研究だと思うのですが、ここで分かる情報からは推測できませんでした。なので、組織上層部の共通認識の思想なのではないかと思うようになりました」


 実に理路整然としている。まるで他人事だ。動揺も見られない。ここで過ごした長い時間がこの女性をそうさせてしまったのだろうか?


「でも、ユーゴを見て少し考えが変わりました」

「僕?」

 飛び上がったチルチルを見て吹き出している。

「ええ。本人たちの思惑はどうあれ、生み出されたのは人を超える何か。油断すれば飲み込まれるのは組織の側だと思ってもいないでしょう。そこに存在意義を見出しました」


(組織への揶揄が見え隠れする。彼女は向こう側ではないわね)

 明言しないだけに説得力がある。


「フィメイラ、あなたは確かに思想的協調は無いようですね」

 相手は年齢に見合わない微笑みを見せる。

「あなたが危惧しているのは、わたしからユーゴへの思想汚染でしょう? それによっては彼と隔離する必要性を考えている」

「本当?」

「あくまで可能性の話だけど、考えてはいたわ」

 少年は顔を曇らせる。例え嫌われたとしても必要な措置だ。

「老婆心に過ぎなかったみたいだけど」

「良かった!」

 すぐに明るい表情が戻ってくる。


 どうにも母性をくすぐられてしまう。だからこそ、あれこれと気を回してしまうのかもしれない。

 自分には足りない包容力がフィメイラにはあるのだろう。それがユーゴのメンタルに影響を及ぼしているのかと思われた。


「そういう意味では組織の思惑は既に完遂されているのかもしれません」

 思わぬことを言われて戸惑う。

「思惑?」

「わたしとユーゴの接触も意図されている可能性です。何も知らなかった彼に情報を与えました。私が知っている情報を。破壊神ナーザルクであると自覚させるのが目的だとしたら、という話です。彼がここのロックを解除できるよう登録されていたのを不審に思いませんでしたか?」

「思いました。でも、他の疑問があまりに大き過ぎて当面は無視したの」

 一応は艦長との打ち合わせの中で挙がった疑問であった。

「だとすれば、あなたがたフォア・アンジェのここでの任務に関しても干渉があったものと考えるべきでしょう」

「あちらはそうとは思っていなくとも、周辺で目撃されたザナスト艦艇は囮だったと思ってよさそうね」

「あとはここのデータを有効活用できるかで勝負は決まるでしょう」


 これまで極力秘密裏に動いてきた組織だが、ユーゴの存在が露見したのとアームドスキンのフィメイラの移送などで今更隠し立てしても仕方ないと考えている可能性が高い。それなら本人に自覚させ、そこからどう動くかの推移を観察する気なのかもしれない。そのためにこの管理施設の資料を見せ球にしたか?


「なら時間を掛けるほど後手になってしまうわ。あなたを保護します。持参したスキンスーツに着替えてもらいたいのだけど?」

 喜ぶユーゴとくるくると踊るチルチルに苦笑しつつ真空パックのスキンスーツを示す。

「さすがにこちらからの操作で物品の出し入れはできなくなっています。そちらから操作できるはずですけれど?」

「確かに」

 内から操作できれば脱走も容易い。


 中に物品を入れる操作を調べているうちに二人は会話を始めている。他愛のない内容で微笑ましく、自分の決定で事態は好転していくだろう。それは喜ばしい。


「外に出たら何食べたい?」

 質問は子供っぽい。

「少し歯応えのあるものに挑戦したいかな? 供給されるのはほとんどペースト状の物なの」

「じゃあ、かりかりしたものが良いよね? 甘いお菓子とか」


 何とか操作が分かって、スキンスーツを中に入れられたところで警告の無線が入る。外の状況が変わったらしい。


「副艦長! ターナミストを検知しました。敵が来ます!」

 間の悪い敵襲である。

「戻ります! フィメイラさん、着替えておいて。あとで保護します」

「はい」

「待っててね。すぐに助けに来るから。邪魔な奴」

 少年の怒りが際立つ。


 それほどまでにフィメイラに執心なのだろうと感じられた。

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