ナーザルク(5)

 レクスチーヌはユーゴが発見した山嶺近くまで来ている。傍で停止したので艦橋ブリッジ中ほどに集まっている彼らからは露わになった山肌は見えない。

 しかし、少年は足下を指差してフィメイラの救助を請う。そこに彼女の存在が感じられるのが当たり前であるかのように。彼はどんな世界を見ているのだろうとペリーヌは思っていた。


「フィメイラはあそこでずっと一人で寂しかったと思うんだ。だから助け出してあげたい。無理?」

 誰も即答できず逡巡する。

「少し待って」

「あんなにつらそうなのに出してあげるのは駄目なのかな?」

 マルチナの答えにユーゴは言い募る。皆もフィメイラの慟哭であるかのような訴えには心動かされているだろう。だが、そんな簡単な問題でもない。

「そうしてあげたいわ。でも、色々と考えなくてはならないことがあるの。相談する時間をちょうだい」

「自分だけでは出られないんだもんね……」

「そう。まずは諸問題を検討しないといけないの。ユーゴも疲れているでしょう? 休憩していらっしゃい。リムニー、お願いできる?」

 副艦長は少年を一度送り出す。


 オペレーターのリムニーに促されてユーゴは艦橋をあとにする。彼はフィメイラを助け出してからしたいことを挙げ連ねているようだ。それにリムニーは「きっと喜ぶ」と返している。


「彼女の救出に関してどうお考えですか?」

 フォリナンを見つつマルチナは問う。

「本来は現場で判断できることではないと思う。しかし、上の判断を待たずとも動くべきだとも考える。私は速やかな救助が必要だと感じている」

「私もそう思います。心情的な部分もありますが、彼女は破壊神ナーザルク計画関連の謎を紐解くには不可欠でしょう」

「それに現在のユーゴには症状が表れていません。おそらく彼女は彼のメンタルに大きな影響を及ぼせる存在なのだと思われます。今後のことを考えれば、フィメイラを艦内に留めるのは我々にプラスに働くはずかと?」

 ペリーヌも後押しする。言葉の内容にも齟齬は無いはずだが、なにより少年の希望を叶えてやりたい思いもある。


 異論は出ず、議論はプロトゼロ救助の方向に傾くが助け出せばいいという問題でもない。彼女は身体に問題を抱えている。


「移送は完全除菌したスキンスーツとヘルメットで対応できるでしょう。それを着けてもらってからあの部屋から出てもらえばいい」

 スキンスーツは宇宙服。外気は完全に遮断できるとスチュアートが提案する。

「でも、それじゃ食事も用足しも無理だよ」

「用足しってな……」

 メレーネが提示した問題に彼は良い顔をしない。女性が公に口にすべきでないと思っているのだろう。

「どちらにせよ、生活空間は必要よね?」

「無菌治療室は高レベルの無菌にも対応できるだろうか?」

 フォリナンの疑問をマルチナが確認する。

「確認できました。ビーフェリー先生は可能だとおっしゃってます。人間の入出は制限すべきらしいですが、物品の出し入れはそう不便ではないそうです」

「食事等も軍医殿に検討してもらおう。受け入れに関しては一応問題無さそうだがどうだね?」

「もう一つ大きな問題といえば、彼女の思想面が気掛かりです」

 全員が口をつぐむ。


 あまりにも知り過ぎている。皆がそう感じていたようだ。彼女は例の組織側の人間ではないかと思ってしまうほどに。

 プロトワンのトニオがただの戦闘狂に見えるように、フィメイラが思想的に洗脳に似た状態にされていないとも限らない。


「まずはスキンスーツを準備させよう。マルチナ君、明日、ユーゴ君と彼女のところへ行ってくれないかね? 確認を願いたい」


 艦長の決定に彼女は敬礼をもって拝命する。


   ◇      ◇      ◇


 そこは研究施設と呼ぶには規模が小さいとマルチナは思った。おそらく簡略化された管理施設なのだろうと思われる。

 計測機等も火の入っているものは少なく半分以上が沈黙している。彼女が寿命を監視されていると推測したのもあながち間違っていないだろう。


「おはよう、フィメイラ」

 日は変わっている。彼女も挨拶を返した。

「ここから出られるようにする方法を相談してもらっているんだ。マルチナさんが会って話したいって言うから連れてきた」

「この上にきた戦艦の方ですね? ご迷惑おかけします」

 素直に頭を下げてくる。外の状況も或る程度は把握できるらしい。

「話は進めています。条件の確認といくつかの質問をさせてもらいたいのだけど宜しいかしら?」

「はい、どうぞ。疑問だらけなのでしょう?」


 その時点でマルチナは少し身構える。彼女の口振りだとこちらの意図は読まれていると感じたからだ。


「まずは破壊神ナーザルク計画関連の話。資料に目を通したと言ってらしたそうだけど、あなたに関わる研究員は元々どの程度の情報を与えていたの?」

 探りを入れてみる。

「あまり、としかお答えできません。わたしは余計な干渉を行わず、最低限の接触で純粋なる戦闘兵器として機能するよう試作されたようです。失敗でしたけど」

「本当にこの施設にある資料から得ただけの知識だと?」

「それだけの物はあります。わたし自身が触れることを望みました」

 意外な答えが返ってきた。自分の研究結果など普通は見たくもないだろう。

「許可が出たのは苦肉の策でしょう。それ以外の外のことに興味を覚えれば脱走の危険性が増すと考えたようです」

「ああ、なるほど」


 心して掛からねばならないほど聡明だとマルチナは再確認した。

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