ナーザルク(4)

 飛び出していったユーゴのフィメイラの行方は追わせている。探索中の編隊のひと組から山嶺で発見したと報告があった。

 ところが機内に少年の姿はない。指示を請われて、マルチナは待機するように命じた。


(あの子なら問題があれば報告に戻っているはず。素直だもの。経験上、戻る気になるまでは好きにさせたほうがいいと思う)

 艦長のフォリナンにも確認すると同意が返ってくる。


 焦れて待つ時間は長く感じる。彼らは任務としてそれにも慣れている。そして、待った報告はやってくる。ユーゴの姿を確認したようだ。


「フィメイラを見つけた!」

 少年の第一声は彼女を戸惑わせる。

「それなら今、君が乗っているわ」

「違うんだ。帰ったら話します。艦橋ブリッジで待ってて」

 要領を得ないが、会話ははっきりとしている。悪化したわけではないだろう。


 驚くほどの機動で帰投したフィメイラ。さほど待つこともなくユーゴは艦橋にとやってきた。


「フィメイラを助けて。マルチナさん、お願いします」

 深々と頭を下げる。

「話は聞くから、まずは説明してくれない?」

「うん! えっと……」

 そこで困ってしまったようだ。どう説明すればいいのか分からない様子。


 呼んであったスチュアートやメレーネも集まる中、彼はペリーヌの顔を見てハッとした。σシグマ・ルーンに自分が見聞きした内容が保存されていないか問い質す。


「一日分くらいは保存されているけど、それを見てもいいの?」

 プライベートも保存してあるので、そこはデリケートな問題だ。

「上手に説明する自信がないんだ。フィメイラがちゃんと説明してくれたから、それを見てもらったほうが早いと思う」

「じゃあ、吸い上げるね」


 SE用のタブレットを接続してデータを取り込んでいる。その間にマルチナはドアのロックを命じた。何か重大な事態が進行していると彼女の勘が囁く。


「どうします?」

 ペリーヌが訊いてくる。

「再生して……。待って! その前に艦橋の記録カメラを一時機能停止します。艦長、よろしいですか?」

「許可する」

 権限者の許可を得て操作を行う。


 それから一同の前で再生された記録映像は全員を驚愕させるに値するものだった。事情に通じた女性、フィメイラの存在。彼女が語る破壊神ナーザルク計画の一部。ナゼル・アシューのパイロットのこと。そして、ユーゴの持っている能力の一端までがそこに残されていた。


『……また来てくれる?』

 その後にユーゴの台詞が続く。

「これがフィメイラだよ。あのフィメイラは彼女の名前を取ったんだね」

「これは……」

「記録したものには私とマルチナ君だけの権限で再生できるようブロックを掛けたまえ。そのタブレット内のものも消去しなさい」

 フォリナンがいち早く判断してくれた。


 それは事実上、緘口令が敷かれたと同義である。皆が息を飲み頷いた。


「ボードウィン会長にお渡しするのは当然としても、この内容は全ての判断を上に任せるわけにもいかない。我らにも密接に関係するものも多く含まれていたように思うがどうかね?」

 ユーゴとチルチルは首を傾げているが、他は誰一人異存はない。

「しかし、どこから話せばよいものか?」

「一つひとつクリアしていきましょう」

 迷う艦長の姿も珍しい。

破壊神ナーザルクが遺伝子的な処置の結果として生まれたのは判明しました。試行錯誤が重ねられていることも。その一人がユーゴであることも」

「そうみたい」

「ユーゴくん、ちょっと他人事過ぎない?」

 メレーネは自覚を促すように問う。

「僕だって自分が他人と違うのくらい分かってるよ。これだけ色々と起こっちゃうと」

「じゃあ思うところあるでしょ? 腹が立つとか」

「怒っても仕方ないもん。だってこの能力があるからできることもあるし、そうじゃなきゃ僕だってずっと前に死んでたでしょ?」

 その通りだとしても、彼の中でどう理解したのかは窺い知れない。

「それにフィメイラやトニオに比べたら幸せなほうなんじゃないかって思うんだ。母さんも居たし、ラーナやサーナも居たし、今だってみんなが僕のこと心配してくれているもん」

「うー……」


 そう言われると二の句が継げないだろう。メレーネとペリーヌは少年をひしと抱き締めている。マルチナも湧き上がるものがあったが何とか自制した。


「それと、ともしびの件ね」

 ぐっと飲み込んで切り出す。

「それはずっと見えていたの? そのお陰で超長距離狙撃とかザナストの基地の発見とかをしていたのね?」

「うん。話しても分かってもらえそうにないからあまり言ってないけど」

 何度か聞いているが、症状が悪化してからの記憶は曖昧らしい。むしろ今、受け答えがはっきりしているほうが彼女には気掛かりだった。

「今も私たちのことは背後に居ても分かるの?」

「レクスチーヌの中だったらだいたいどこに居るか分かるよ。低い位置だといっぱい命があるから見えにくくはなるんだ。宇宙だったらあんまり命がないでしょ? かなり離れてても見えるよ」


 それがどういう能力なのかは分からない。遺伝子的な処置で人が異能を持ち得るのかは今後調べなくてはならないだろう。一部は解消したものの、山積する疑問に副艦長は頭を悩ませる。


 そうしているうちにレクスチーヌは件の山肌が望める位置まで移動していた。

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