ナーザルク(3)
「
フィメイラと名付けられた彼女は不思議そうに問い掛けてくる。
「なんて説明すればいいんだろう。命の光? 動物とか大きい生き物じゃないと見えないけど、そこに命があるのが見えるんだ。親しくて見慣れた相手のものだと区別できるようになるし、その人の雰囲気を纏っているみたいに感じられる」
「わたしをサーナって呼んだのもその所為?」
「うん。僕はてっきりここに居るのがサーナとばかり思ってた。なんでだろう? すごく似てたんだ。サーナは死んだのにね」
苦しみが胸を苛み、視線を伏せてしまう。
「亡くなったのね」
心配させたらいけないと思って顔を上げると、そこには彼を思いやる面持ちのフィメイラが居る。本当は慰めたいのに触れることも叶わないのを悔いるようにガラス面に手を当てていた。
ユーゴは同じ場所に手を当てる。そこからは彼女の手の温かさと同時に、優しさが伝わってくるように思えた。同じ雰囲気を纏っているのは当然だと思う。フィメイラはサディナと同じくらい透き通った心の持ち主なのだ。少年が心を許すには十分な温かさだった。
「今でもつらい?」
彼女の灯は桃色の熱を持っているかのよう。
「ううん、後悔することは多いけど、僕にはすべきことがあるから」
「頑張っているのね。偉いわ」
「でも、なんでだろう。この能力って初めてアームドスキンに乗った時から感じられるようになったんだ」
褒められて感じる照れから目を逸らせるように話を続ける。
「話を聞いていて、そのナーザルクになるっていう遺伝子操作を受けたからかと思ったんだけど、フィメイラやトニオには感じられないんでしょ?」
「ええ、感じたことないわ。もしかしたら組み込まれていながらも君にだけ発現した能力なのかもしれないけど、それはわたしには分からない」
「だよね。僕はその灯を消すのが上手に作られているみたいだから苦しいことが多いけど、でも見えなきゃフィメイラにも会えなかったんだし、良いところもあるかな」
彼女も納得したようだ。
どうしてこの場所がユーゴに分かったのか不思議に感じていたらしい。最初は情報を得ていたのかもと思ったらしいが、当の少年は何も知らなかったから疑問は深まるばかりだったと言う。
しかし、彼がその灯を感じる能力があるなら全ては説明できるのだ。
「僕たちはどうしてこんなふうに作られたの?」
基本的な部分もユーゴには分からない。
「それも分からないわ。兵器開発の一環かもしれない。それにしては無理をし過ぎていると思う。倫理面でも掛かる時間でもね。ひどく遠大な計画だと思うから、根底にあるのは思想的なものかもしれないわね。こう在るべきだっていう」
「難しいね。僕なんかじゃその思想っていうのが理解できそうにないや」
「一人ひとり違って互いに理解できないから争い事は終わらないんでしょうね」
話が難しい方向へ傾いてしまったが、ユーゴはそれを苦に感じなかった。二人で語らい合うのが心地良くて中身などどうでもいいのだ。
最初こそサディナと見間違ってしまったが、フィメイラには彼女にはなかった包容力がある。それは年齢が関係するだろうから幼馴染の少女が悪かったなどとは思わない。もし生きていればフィメイラのようになったかもしれないのだ。
「ねえ、ユーゴくん」
落ち着いた声音のままだが、そこに強い感情がこもっているような気がする。
「外ってどんななんだろう? わたしには分からないの」
「んー、どんなって何が?」
「外の空気ってどんな味?」
唐突な質問がきた。
「あはは、そんなの普通過ぎて説明できないよ。味ってあるのかな?」
「ここの外にある雪ってそんなに冷たいの? 冷たいってどんな風に感じるの? 強い風で身体が押される感覚ってどんなの? 身体が冷えるとそんなにつらいの?」
堰を切ったように質問が畳み掛けられる。
「他人と一緒に生活するのって難しくない? 色んな人としゃべっていたら訳分からなくならない? 好きな人とか嫌いな人とかできちゃうんでしょ?」
「それでも話せば分かることも多いよ」
「……人ってそんなに温かいの?」
最後はつらそうに眉根を寄せると俯いてしまった。話しているうちに感情が溢れ出してきてしまったのだろう。ユーゴは受け止めてあげたいと思った。
「温かいよ。ガラス越しでも僕の体温は伝わってないかな?」
フィメイラは頷く。
「僕はフィメイラがどんなに温かいのか想像できるよ。だって隔たれていてさえこんなに温かいんだもん。ナーザルクっていう作られた存在だってやっぱり人なんだと思えるよね?」
「出たい! ここから出たい! 何もかも感じたい! ユーゴくんの温かさを感じたい! 色んな人と出会ってしゃべってみたい! どうしてわたしは……」
感情の吐露は心が通じたからだと思えた。自分が感じたように、彼女も少年の心を感じてくれたのだと分かった。だからフィメイラの思いを叶えてあげたいと思う。
「待っていて。話してみる」
できるだけ優しく告げる。
「僕には考え付かないけど、大人なら何かできるかもしれないから相談してみるね?」
「……取り乱してごめんなさい。嫌じゃなかった? また来てくれる?」
「もちろんだよ。嬉しいな。大好きな人がまた一人できた」
これまでで一番美しい微笑みが返ってきた。彼女を見つけられて本当に良かったと思う。
帰ったらすぐにマルチナたちに相談しなくてはいけないとユーゴは決意した。
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