ナーザルク(8)

 驟雨のようなビームで根雪までもが蒸発しそうに思える。照準の甘い勘だけの射撃は怖ろしいとは感じられず、雪煙の中を移動しつつともしびを撃ち抜いていく。時折り白く輝く雪粒が、それが成功していると教えてくれる。


「なんだ、この敵は!?」

 悲鳴だけが共用無線に流れてくる。

「分かりません。砲撃、控えますか?」

「やられるだけだ。撃て撃て! いつまでも躱せるものか!」


(当てる気がないから終わっちゃうんだよ)

 ビームカノンを構える。


 ユーゴの見る灯が意思を見せるようにゆらりと移動する。その流れの先に向けて照準しトリガーを絞る。放たれたビームが灯を消す。

 機体内部で拡散した重粒子イオンは荒れ狂って対消滅炉エンジンを誘爆させるだろう。青白いターナブロッカーの光が名も知らぬ誰かを追悼する。


「その先に何があるって言うんだよ!」

 人を殺めることばかりに躍起になって勝ち得たものにどれだけの価値が感じられるというのだろう?

「今は熱に浮かされているだけで、あとで悔いるって分からない? 後の時代の人たちに愚者だって嘲られるって思わない? 勝てばそれで意味ができるなんて間違ってる!」

「それが人間の闘争本能ってもんだって分かってないのはお前のほうだ、プロトツー!」


 待ち受けていたかのように朱色のアームドスキンが突進してくる。ナゼル・アシューのテールカノンが放つ光芒をフィメイラは間一髪で躱した。


「トニオー!」

 ユーゴにとって愚行の結晶が対峙してくる。

「親子ごっこをしていたお前には解るまい。戦いに身を投じた人間ってものは、勝たなければ明日がないんだよ! そして、勝ったものだけが言いたいことを言えるのさ。自分が勝者だってな!」

「そんなもの、いつか虚しくなるだけだ!」

「虚しく感じた時点でそいつは負けてる。勝ち誇り、敗者を見下し笑い続けられる者だけが最後まで勝者でいられるんだ。理解しろ!」


 トニオの毒は強い。その言葉に息を吹き返すように周囲の敵の圧力が増してくるように感じられる。


 時間差で発射されるナゼル・アシューののテールカノンがフィメイラの軌道をなぞる。ビーム同士が激突し、強結合プラズマが完全にプラズマ化。電離したエネルギーの塊が薄紫色の光の星を生み出した。

 トニオの放ったテールカノンを巻くように躱しながらフィメイラを前進させる。また少し重い感じを覚えているが構ってなどいられない。一面、彼の言っていることは正しいのだ。勝たなければ希望を唱える時間も得られない。


「君は自分が何のためにどうやって生み出されたのか知っているの? こうやって戦うことが誰を利するだけなのか分かってやってる?」

 トニオ以外誰も聞いてなどいまい。巻き込まれまいと敵味方ともに距離を取っている。

「知らずにどうしてできる? 勝って、自らが完成品だと証明せずにいられるのか? そうしなければ自分の存在する意味が証明できないじゃないか。お前はただの練り上げられた泥人形で終わりたいのか?」

「そんなの誰も尊敬しない! 誰も君のことなんて思ってくれない! それで生きているなんて思えるの? 上辺だけの賞賛に殺されるよ!」


 例え勝ったとしても人は誰も彼に勝利しか望まなくなるだろう。常に戦場に押しやられるトニオはいつか力尽きる。人の心はそんなに強くできていない。


「悲しいだけの生き方を選んじゃ駄目だ!」

 しかしてユーゴの思いは届かない。

「同情するなー! お前も僕と同じだと言っただろう? どうせ破壊だけを運命付けられた戦闘人形なんだ! 御託を並べている暇があったら僕を撃ち墜とすことだけ考えろ! 僕はお前を敗北させることしか考えていない! それが勝敗を分けると思い知るがいい!」


 打ち合わせたビームブレードが生み出す火花は、トニオの誤った情熱を象徴するかのように赤く周囲を照らす。

 振り下ろされるブレードを右のジェットシールドで受けて、左のブレードで的の大きい胸部を狙い突き入れる。ナゼル・アシューの肩のパルスジェットが閃くと突きは脇腹を掠めるだけに終わる。

 指向したテールカノンが火を噴くのに合わせ、フィメイラを後ろに倒して躱し、腹部を蹴って距離を取る。ビームカノンを振り向けて放つが、そこにはもう敵機の姿は無い。


「ぬるいな、プロトツー!」

 トニオの灯は背後へと動いている。ユーゴは左腕を後ろに回し、ジェットシールドでビームを防いだ。

「なにをー!」

「僕だって負けられないんだよー!」


 そのまま足のパルスジェットを複数回噴かし、後方宙がえりで蹴りを落とす。頭部を狙ったのだが肩口に衝撃するに終わる。それでも相手に与えた衝撃は大きい。


「それだ! それが気にいらないんだよ! どうしてそこまでお前は見える! 僕にだって同じ能力があるはずなんだ!」

 剥き出しの対抗心がユーゴを打つ。

「ちょっとだけ分かってきたよ。これが僕と君の差なんだ。誰かを大切に思って守りたいと感じる心が力を与えてくれている。人を見下すことしか考えていない君には見えない光なんだって!」

「くだらないことを言うな! 人は感情で強くなったりはしない! 産まれた時から上限は決まっている。それを高く設定されて生まれた僕こそが最強への道を辿れるんだ! それを解らせてやる!」


 イオンジェットが長い尾を引いて衝突する。その間をビームの光芒が繋ぎ合わせる。同じ性を背負った少年同士の戦いは更に熱を帯び始めている。


 クレーターの中に在りし日の灼熱を呼び起こすかのように。

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