第七話

ナーザルク(1)

 ルシエンヌも合流し、全艦三隻で行動する状態になったフォア・アンジェ。今はまだズーマ・ラジの北のクレーターの調査を行っている。ザナストがなぜここを警戒していたのか未だ判明していなかったからだ。


 特に緊急の任務は無く、その疑問がザナストの本拠地に繋がる端緒になるかもしれないと考えた旗艦レクスチーヌのフォリナン・ボッホ艦長はアームドスキン隊に探索を命じると同時に、クレーター内を各艦で巡らせている。


 二機編隊四組を探索に当たらせ、二時間交代でクレーター内の雪原を様々なセンサーで調査させているが今のところ有用な報告はない。

 朝の調査に出していた一番期待できるユーゴ・クランブリッドも手ぶらで帰り、昼食を終えて艦橋ブリッジに顔を見せている。

 副艦長のマルチナが傍について話し相手をしているが、彼が誰と話しているつもりなのかは分からない。少年の症状は悪化もしていないが改善もされていない。


(褒められたものじゃない)

 酷なことをしていると思う。

(パイロット特性に秀でた人間を生み出そうというのは人道的に許しがたいとは思っても、その当人を利用している私とて同罪といえよう)


 彼なりに調べて、そんな議論が今までなかったというのは否めないと分かった。残っている計画書も氷山の一角だろうと思われる。しかし、現実に実行に移した記録は大戦時に遡っても見られない。

 急激に普及・進化を遂げるアームドスキンにそんな余裕もなかった時代なのかもしれないが、平時にこそ抱いてはいけない思想だと感じる。


(そんなふうに考えようが、お門違いだといわれれば返す言葉もない)

 フォリナンも実戦部隊の指揮官である。

(口では皆に生きて帰ってこいと言う。しかし、一瞬の油断で命を失う戦場へと送り出しているのも私だ。全員の帰還を願いながらも、そのうちの何人が未帰還に終わるか計算しなくてはならない立場。できるのは彼らが生き残る確率の高い状況を作ることくらい)

 民間人から見ればどれほどの差があるというのだろう。命を弄んでいるとまではいかないまでも、情に薄いと見えてしまうだろう。

(ましてや、あんな年代の少年を)

 その思いを押し隠せるのも彼という人間である。


「あ、サーナ! ここに居たんだ」

 外を眺めていたユーゴが身をひるがえすと、軽快に駆けて艦橋を飛び出していく。

「……ちょっ! ユーゴ、どこ行くの?」

「お迎えに行ってくる!」

 我を取り戻したマルチナが呼び掛けると、返事だけが戻ってきた。


 フォリナンは何かが始まったのだと分かる。また彼に頼ろうと感じる自分が嫌で仕方ない。


   ◇      ◇      ◇


 真っ白な雪原を鮮やかな黄色のアームドスキンが飛ぶ。何の目標物も無いというのに、一直線にそのともしびの下へと向かう。

 なぜなら、その灯からは懐かしい色が感じられたからだ。七年間、一日たりとも会わない日がなかった彼女、サディナの朗らかな気配が感じられる。


(やっと見つけた)

 その思いがユーゴを駆り立てる。

(僕がちゃんと迎えに行ってあげられないから、サーナは時々しか会いに来てくれなかったんだ。これでまたラーナと三人一緒に居られる)

 願ってやまなかった日々がまた取り戻せる。


 雪原の端、クレーターを形作る外輪山の麓辺りにフィメイラを降り立たせる。サディナの灯が見えるのは雪に覆われた山肌の中のようだ。


(どうしてこんなところに?)

 不意に疑問が湧いてくるが、再会の喜びのほうが大きい。

(雪が邪魔)

 腕を操作して大雑把に雪を取り除くと、機体を後ろ向きにさせる。推進器ラウンダーテールを山肌へ向けて持ち上げると、少しだけ噴かす。その熱は残りの雪を溶かして、隠れていた岩肌を露わにした。


 目を凝らすとそこにはスライドドアのようなものがある。フィメイラをしゃがませてハッチを開いて外に出る。スライドドアは待っていても開いてくれそうにない。

 機械式のタッチパネルらしきものを見つけたので、とりあえずそれに触れてみた。


『ブロトタイプ2を認証。ロックを解除します』

 ドアがスライドし、人工光に照らされている通路を経て室内へと入っていく。

「やっと入れた。お待たせ、サディナ」

 室内の半分は計測機器で満たされている。奥の側は生活空間となっており、ベッドもあってそこに女性が腰掛けていた。ただし、手前と奥は分厚いガラスで隔てられている。


「ずいぶん久しぶりのお客様」

 スピーカー越しの声が聞こえた。

「君は、そうね……。噂に聞くプロトワンとは印象が違うからプロトツー?」

 その声音は優しい。


 年のころは少し上、二十歳前後に見える。見た目の印象は色の薄さばかりが目立つ。僅かに黄色の混じった長い銀色の髪に透き通るような銀色の瞳。肌も見慣れた新雪のように白いが、冷たさは感じられない。

 そんな風貌でも生気に欠けた感じがしないのは、穏やかな雰囲気と柔和な笑みの所為だろうか。何よりのその声がサディナの生き写しのようであった。


「サディナじゃない?」

 ユーゴが首を傾げると、彼女はクスリと笑う。

「誰かと勘違いしたの?」

「うん。ごめんなさい。君は誰?」


「わたしはプロトタイプゼロ。フィメイラよ」

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