狂える神(9)

 上昇したメレーネ機は敵艦を確認する。同時にビームを浴びせられ、フィメイラに押されるように再び降下した。

 ジェットシールドで直撃を防いだユーゴも降りてきて、その場から離脱すると集中砲火が大地を焼いた。


「逃げるのは難しそう」

 連続して直撃を受けて焼けたシールドコアを排出しつつユーゴが告げる。

「無理みたい。味方の援護を待とう。状況だけ報せておくから」

「うん、援護する」


 彼女が高出力の無線連絡で情報を送る間は少年が周囲を警戒してくれる。その後もユーゴに導かれるようにして森の中を移動している。

 隣のフィメイラが何を見ているのかは分からない。ただ、その足取りは確かで意味があるような痕跡を描いている。


(この子、いつもこんな戦い方してるの?)

 間近で見るのは初めてである。

(不安がすごいよ。いつ上空に敵機がやってきてビームのシャワーを浴びせられるか分からないとか。本当はとにかく逃げ回りたい)

 しかし、それをやるとイオンジェットの熱を探知されて囲まれる可能性が上がる。


 何の前触れもなくビームカノンの砲口が上がる。枝葉の切れ間からは明るめの曇り空。そこを敵機が横切ると同時に発砲。予想もしていなかっただろう相手は貫かれて跳ね上がる。


 放射能の拡散を防ぐターナブロッカーが青白い光を放散すると、上空の至るところで派手にイオンジェットが瞬くのが透けて見える。一斉に退避しているのだろう。

 そこへフィメイラのテールカノンが放たれ、更に爆炎が垣間見えるとメレーネも驚きを禁じ得ない。


(これで不用意に敵は近付いてこられない)

 同じことを考えているであろうユーゴも合図しつつ移動を始めている。彼女は歩調を合わせるようにアル・スピアを歩ませる。


(味方にするとこんなに頼もしいのよね。治してあげる方法を必死で探さなきゃ)


   ◇      ◇      ◇


(戦闘光。やってるな)


 山嶺を飛び越えさせたアームドスキンから見えた広がる森林上空は敵味方が入り乱れての戦闘になっている。いち早く到着した編隊が加勢し、空中戦を繰り広げていた。


「攻撃!」

 率いてきた編隊に指示を送る。

 数的劣勢が覆された敵部隊は引き気味な空気を見せ始めるが、相手は母艦を背負っている。そう簡単には退いてはくれまい。


(思ったより少ないか?)

 そう切迫した感じも無かった。


「遅いよー、スチュー。もう結構稼いじゃってるもん」

 撃墜数の話だろう。

「妙に元気じゃないか?」

「えへー。ユーゴくんが美味しいところを回してくれたからほくほくだよー」

 どうやら笑顔が出るほど手当ボーナスが見込めるようだ。

「そういう計算は帰ってからにしろ。敵艦は鹵獲したい。まずは邪魔を排除するぞ」

「そんな話? ヤバっ! ユーゴくん、突っ込み過ぎないでー!」

 放っておくと沈めそうな雰囲気で戦っている。


 慌てたスチュアートも彼に編隊に戻るよう呼び掛けるが、少し空気が変わる。ずるずると後退していた敵のアームドスキンは噴射光をひるがえして逃げ出し始めた。


(何だと? 母艦を捨てて逃げるか?)


 それほどに追い込まれて見えなくもないが、まだ絶望的に負けてはいないとも感じる。母艦を守りつつの撤退戦には持ち込めそうな数は残っているのだ。


(無謀な戦いはしないっていうのか)


 敵パイロットの意図が透けて見える。彼らはこちらの数を把握したうえで撤収時期を見計らっていたのだ。あの敵艦の艦長は無茶を強いるばかりで信頼はされていないらしい。

 丸裸になった敵艦は後退する様子を見せたものの、スチュアートが包囲を命じてアームドスキン隊が動くと一転して前進してきた。投降を呼びかけても応答はない。


「艦長、これは相当強硬な命令を受けていそうです。放っといたらレクスチーヌに突っ込んでいきかねませんよ?」

 既に中破といえる状態でも前進をやめない。

「仕方あるまい。もう一度呼び掛けても止まらなければ沈めてしまいたまえ」

「……了解です」

 後味の悪い戦闘だ。聞こえないよう舌打ちをして、彼は撃沈を命じる。


 敵艦爆散の衝撃波は広く森に雪煙を舞わせた。


   ◇      ◇      ◇


「水に落とした種は育たなかった」


 衛星ツーラの一室で老境の男が溜息を吐く。


「嵐に投じた種は歪に育った。凍れる大地に蒔いた種はどう育っている?」

 傍らに控える青年はその質問を予想していたようだ。

「順調に育っている模様です」

「少し遅いか?」

「ご満足いただけませんか? 少し手順を修正せざるを得ませんでしたので」

 それに関しては彼も承認している。

「構わん、しばらく様子を見ねばなるまい」

「御心のままに」


 老人が手の中で転がしているバッジには車輪の紋章が刻まれていた。


   ◇      ◇      ◇


 敵機からの脱出者の探索を行っていたユーゴは樹の梢ぎりぎりを飛ばせている。しかし、見つけられるのは駆け抜ける動物の姿ばかり。


(騒がしちゃったな。すぐに元通り静かになるから勘弁してね)

 そんな思いは伝わるだろうか?


『新しき子よ』

 呼び掛ける声が聞こえた。聞き慣れてきた声音に気軽に応じる。

「リヴェル?」


『我を求めよ』



※ 次回更新は『ゼムナ戦記 伝説の後継者』第六話「野望と陰謀」になります。

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