緩やかなる崩壊(6)

「分からないとでもいうか?」

「さっぱりだよ!」

「そんな機体に乗っててとぼけるな!」


 斜め下を回り込むように飛ぶフィメイラに朱色の機体はテールカノンを放ってくる。軌道を揺らして躱しながらビームカノンの一撃を挟み、相手を動かしたところで上昇させる。

 姿勢を変えて慣性でフィメイラを流しながら両門のテールカノンを向けて撃つ。空気抵抗で掛かるブレーキを感じながら機体を斜めにして上昇力に変えつつ推進機ラウンダーテールを噴かして接近した。


「お前にもどう見たって同型機だと分かるはず」

「フィメイラをザナストが作ったとでも言うの?」

「そんな単純な話じゃない。僕とお前が同じだと言ってるんだ」


 振り抜くブレードは空を斬るが、姿勢制御用パルスジェットを閃かせた敵機は不用意な挙動を見せる。機体をひるがえして向けた砲口の先には何も無く、前かがみの相手のテールカノンで逆に右手のカノンを吹き飛ばされた。

 両機ともエネルギーチャンバーの誘爆から退いて距離を取る。


「もっとも、古い型のアームドスキンを与えられている時点で期待はされていないんだろうけどね!」

 蔑むような台詞だが、根本の部分がユーゴには分からない。

「君は僕を知ってるの? これができる理由を理解してやってる?」

「理由? そんなのは明解じゃないか。そういうふうに作られているんだからさ」

「作られた?」


 左腰のビームカノンを右手に持ち替え、問い掛ける。雪粒が大きくなってきていて距離を取ると見えにくくなるが、お互いに目立つ色のアームドスキンは見間違えようもない。


「試されているんだよ。どうすればいいかをね」

 無理解に苛立つように声音が強くなる。

「結果はもう見えている。訓練に使っただけのフィメイラがお前に与えられているのに、実用機であるナゼル・アシューがこの僕、トニオ・トルバインに与えられている時点で証明されているじゃないか」

「ナゼル・アシュー?」

 それが朱色のアームドスキンの名前で、相手がトニオという名前らしい。

「これで僕がお前を倒せば決定的だ。僕は完璧になる!」


 雪の幕を割るようにテールカノンのビームが走る。カノンインターバルが無いかのように迫る火砲は確かに実戦的な機体だと思わせられる。それでも相手を見失うこともないユーゴなら集中していれば躱せる。


「僕の最強への道の踏み台になれ!」

 トニオの望みが理解できない。

「最強? そんな寂しい場所に行きたがるの? ずっと苦しいだけなのに!」

「変なことを言うな! 僕より劣るとはいえ選ばれし者のくせに!」


(選ばれし者? 彼はこの力をそんなふうに感じているんだ)

 トニオが可哀想にさえ思えてくる。


    ◇      ◇      ◇


(こいつ、何も知らされずに戦っている? じゃあ、なんのために戦っているというんだ? まあ、いい。淘汰される存在なら糧にするだけ)

 トニオは自分の中の疑問を振り切る。


 ただ、やはり容易な敵ではない。他の敵とは動きが違う。付け入る隙もないというほどではないが、怖ろしく勘がいい。一気に押し込むのは危険に感じる。


「トニオ・トルバイン、吹雪になってきた。視界が悪く、戦闘続行が難しい。ここは一度退くぞ」

 時間も掛けられないようだ。

「天気まで僕の邪魔をする。仕方ない。お前らにはその程度の不利も重要だろうからな?」

「そこまで言うなら味方の後退を援護しろ」

 一つ、舌打ちをして返す。


 周囲にひときわ大きなイオンジェットの光が閃く。僚機は撤退を始めたようだ。

 テールカノンを放ってフィメイラを牽制すると、彼も機体を仰向きに寝かせるようにして推進機を噴かす。


(なにを!)

 鮮やかな黄色が視界から見えなくなったというのに、吹雪を貫いて高威力のビームが走ってきた。

(テールカノン! こいつ、僕が見えているとでもいうのか?)

 霞む視界に閃く光芒をぎりぎりで躱していく。ビームカノンも併用してインターバルを削られるとかなり厳しい。


「そうか! それがお前の力か! それでこそ倒し甲斐があるというものだ!」

 自然に哄笑が湧いてきた。


 トニオは白い視界を睨み付けて笑い続けた。


   ◇      ◇      ◇


 強くなった吹雪に撤退した敵を深追いするのなど自殺行為。基地司令からも撤退命令が出て、所属機は格納庫ハンガーへと帰投する。

 一足遅れでユーゴが戻ってくると、ルフリットとコルネリアのアル・スピアは既に駐機状態にまでなっていた。


(良かった。無事だったんだ)

 ホッとした少年は割り当てられたスペースにフィメイラを歩ませた。


 ゲートが閉じられると吹き荒れる吹雪の音がかなり軽減される。すると今まで聞こえていなかった声が聞こえてきた。ただし、それは泣き声だった。


「お姉ちゃん、ごめん。わたし……」

 キャットウォークにへたり込んで泣き声を上げているのはデネリアだった。

「嘘は吐けない。ロニーはもう……」

「いいの。分かっていたの。パイロットを好きになったらこんな日が来るって」

 嗚咽混じりにデネリアは弱々しく告げる。

「分かっていたのにどこかで大丈夫だなんて……!」

「お姉ちゃん!」


 姉妹は抱き合って泣き始める。何が起こったか察したユーゴが見回すとレオニードの乗っていたデュラムスは存在しない。撃墜されたのだ。


(悲しむ人が増えていく。減らしたくて頑張っても止まらない。そして、僕自身も増やしている)

 その自覚は彼にもあった。


(ほらね。ユーゴにはできないじゃない)

「僕は……!」


 少年の目にはサディナの姿が映っていた。

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