緩やかなる崩壊(7)
(わたしを助けられなかったみたいに誰も助けられないの。悲しませる人を増やしているだけなんだよ、ユーゴは)
「そんな! 僕、頑張ってるのに!」
(頑張って何をしているの? それが償いにでもなると思っているの?)
彼女の言葉が胸に突き刺さる。
「違う! ごめん。ごめんよ、サーナ。勇気の無かった僕が悪いんだ。でも、決してサーナを……」
(言い訳しても無駄でしょ? はっきりと言ってあげないと駄目なの? わたしは死ん……)
「死んでない! こうして会いに来てくれてるじゃないか! 何度でも謝るから僕を許して! お願いだよ!」
懇願し、手を伸ばす。しかし、彼女はスッと遠ざかる。いつも触らせてくれない。
(わたしが許すといえば何もかも無かったことになるわけじゃない。ユーゴが一番よく分かってるでしょ?)
「分からないよ。分からないよ、サーナ。僕に教えてよ」
(いつもお姉ちゃんとわたしの顔色ばかり見てて。頼りないんだから)
サディナは頬を膨らませる。
(わたしが一緒に……)
「ユーゴ! しっかりして、ユーゴ!」
身体が大きく揺すられる感覚とともに呼び掛ける声が耳朶を打った。
◇ ◇ ◇
姉妹は仰天した。悲しみに暮れているどころではなくなってしまう。
近付いてきたユーゴが焦点の定まらない視線を彷徨わせたと思ったら、急に何も無い場所へと叫び始める。手を伸ばして何かを求めるように震える。
明らかに異常を示す彼に戸惑い、涙も止まって声も掛けられないほど驚いてしまう。「
これまでと比べて状態が悪いとコルネリアは感じる。つらそうに歪んだ表情でずっと弁解の言葉を紡いでいる。放っておくと帰ってこなくなるのではないかと思えた彼女は慌てて駆け寄り、激しく揺すりながら呼び掛けた。
「どうかしたの、コリン?」
ポカンとしたように尋ねてくる。
「変なのはユーゴ! 大丈夫? サディナさんが見えるの?」
「サーナ? 来てないよ。今日は来てくれないみたい」
「でも、今……。ユーゴ、泣いてるじゃない」
彼は自分の頬に触れて初めて濡れているのに気付いたようだ。
「あれ、僕はどうして泣いているのかな? そうじゃなくって、泣いてたのはディニーとコリンでしょ? レオニードさん、帰ってこられなかったんだね」
「ああ、ユーゴ……」
彼自身は何を口走っていたのか認識していないらしい。あまりにも不安定だ。
コルネリアは彼を見つめて血が引くような感覚を味わっていた。
◇ ◇ ◇
「その……、彼は精神的に問題のある状態なのでしょうか?」
フレニオン通信をレクスチーヌに繋いだコルネリアとデネリアはマルチナ副艦長に相談している。
「いえ、そんなことはなかったわ。でも、聞く限りでは明らかに異常だわね」
「やはり医療機関に任せるほうがいいのでしょうか?」
「それは待ってくれない? 今の状態が処置の影響なのかどうかも分からないわ」
予想外に止められてしまう。
「処置?」
「ごめんなさい、それも話せないの。ただ、彼を誰かに診せるのは少し問題があるわ。それは事情に通じた人間の監督下でないと難しいと思う」
「それじゃ、どうすれば?」
止められてしまえば途端に選択肢が無くなってしまう。姉妹では対応ができない。
「日常生活に問題が出るほどかしら?」
そう問われるのも困る。
「いえ、今日も普通にしているんです。わたしやルットが話し掛ければちゃんと返ってきますし、笑みも見せるんです。でも、時々スイッチが入ったように誰かに呼び掛けたりして」
「私も門外漢だから直接見てみないと何とも言えない。それでもあなたたちの不安は理解しているつもりです。こちらに戻ってこれるまでどうにか繋げてもらえないかしら?」
「努力はしてみますけど……。まだ掛かりそうなんですか?」
作戦の進行状況だ。不用意に口にはできないだろうが問わずにはいられない。手遅れになりかねない切迫感も覚えている。
「件のザナスト艦隊とは一戦だけ当たったけどあっさりと退いていったの。完全に示威行動ね。自分たちの存在を国際社会に知らしめたいのよ。それでガルドワを動けないようにさせたいんだわ」
案外普通に答えが返ってきてしまった。
「フィメイラが上がればランデブーできる位置に来られるんですね?」
「ルシエンヌは補修があるからツーラに送り出すけど、レクスチーヌとオルテーヌで本星に降ります。その前に軌道上で拾うわ」
二人は少しだけ安心する。彼女も親しくなったユーゴと別れたいわけではないが、治療ができない状態の彼をこのまま放置するのは酷だと思う。
「それと、あのフィメイラと同型機と思われるアームドスキンが襲撃してきました。その時の機内の状態と交信内容を送ります。私には何を話しているのかさっぱりな内容で説明できません」
姉が頼まれていたデータを送ると告げると、マルチナの雰囲気が変わる。
「お願いするわ。内容はこちらで分析します。急がせるからどうにか持ち堪えて。司令には伝えてあるけど、常駐艦が送られる予定になっているから」
「常駐艦! 助かります」
チムロ・フェンの現状を憂いてフォア・アンジェは色々と手筈を整えてくれたようだ。ただのカウンターチームという立ち位置ではないように感じる。
多少は打開の道が見えてコルネリアは不安を薄めることができた。
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