緩やかなる崩壊(5)
北西から流れてきた分厚い雲が空を覆い始めている。再び小雪が舞ってきた風景に向けてチムロ・フェンのアームドスキン隊は発進を急いでいた。
四つの反応はそれぞれが五つに分かれ、それがアームドスキン輸送クラフターだったのが確認された。
補給が可能な軍用輸送エアクラフターは戦闘艦ほどの運用コストがかからず、パイロットの負担が軽減できる艦艇として大気圏内では重宝される。
「敵機十六! 全機発進、迎撃せよ!」
パイロットの補充が二名だけだった基地に動かせる機体は十二しかいない。それにユーゴのフィメイラを足して十三。数的には圧倒的に不利とは言いがたいが、不安をあおる数字ではある。
「呪われてんのか、ここは! 敵の基地を潰したってのにまだ襲われる!」
「黙って発進急げ!」
配属されたばかりのパイロットは敵の拠点さえなくなればのほほんとした暮らしが待っていると思っていたのか文句が多い。レクスチーヌ発進時の攻撃も牽制的なものだと考えていたようだ。
しかし、元からの人間にしてみれば状況は改善されているので気力は持ち直している。厳しい時期を乗り越えてきているのだ。
(あの敵か? ユーゴ相手によく分からないことを言ってきた奴)
ルフリットはようやく慣れてきたアル・スピアのペダルを軽く踏む。
管制からのデータリンクでグエンダルが9、ホリアンダルが6、不明が1となっている。あの不気味な朱色の機体が含まれているのだと予想した。
(一体何なんだろう? どういうことなんだ? おれじゃなくたって同型機に見えるはず)
象徴的な頭部。大型の
(ユーゴと戦わせちゃいけない気がする。でも、実力的にも同等だとしたら足を引っ張ってしまう可能性が高い)
幼馴染には子供っぽいと揶揄される彼だが、戦闘に関する分析は冷静だ。
「コリン、あの変な奴が来たらユーゴに任せる」
「え、何か危険な気がするんだけど?」
同じ印象を抱いていたらしい。
「援護してあげなきゃ」
「いや、だからこそ邪魔をしないようにする。で、邪魔もさせない。敵を近付けさせないように、おれたちで引き受けるんだ」
「そういうこと。分かった」
やはり朱色のアームドスキンは一目散にフィメイラを狙ってくる。包囲するように新型のホリアンダルが展開しようとするが、そこへ二人はアル・スピアで割り込む。
ユーゴ相手に訓練を重ねて、彼らはかなり見えると感じていた。連携がはまる。指摘を受けて巧妙になったフェイントが敵機を警戒させ二機目も撃破できた。
「この敵はヤバいぞ。あまり無理をするな」
何とかやり過ごしているとレオニードを始めとした基地部隊の援護も入る。
「あんちゃんたちこそ出過ぎるなよ。この新型、接近戦強いからな」
「生意気言うな」
笑いの成分が入るくらいの余裕は感じられた。
移住地への侵入を防ぐために、盾になるように間に機体を入れている。その辺りは基地勤めが長いからこその慣れだろう。
正面からぶつかって撃退するのが早いか、守りつつも時間を掛けて退かせるのが確実か、どちらが正解という方程式は無いがより安全策を取るのが防衛隊の役目と心得ているのだ。
「この程度ぉー!」
突っ掛かってきたグエンダルのブレードをジェットシールドで弾きつつ腹部に蹴りを入れて揺らす。すかさず彼の背後からコルネリアが狙撃、爆炎に変える。
「戦列組むのはあんちゃんたちに任せてこのままいくぞ!」
「いけ! 新型でも二人なら五分以上!」
彼女も同じように感じているらしい。ユーゴとの訓練は二人の技術とともに連携も上げている。
至近をビームが通過してちりちりと音がする。ビームコートが溶け散っているのだろう。まだ装甲内のジェルが蒸散するところまではいっていない。
ルフリットの放ったビームはホリアンダルの右肩を撃ち抜いている。擦れ違い様に右脚もブレードで落とすと、インターバル明けのビームカノンで背後から胸を貫く。
「しつこい!」
二機に取り付かれたコルネリアのアル・スピアが後退しながらビームを撃つ。横滑りしたホリアンダルはここぞとばかりに接近戦を挑んでくる。
「集中しろ!」
「そっち任せる!」
もう一機のグエンダルは突進したルフリットが片方の推進機を斬り裂き、誘爆で回転を始めたところをビームで薙ぎ払った。
悲鳴に振り向くと、彼女のアル・スピアの左のショルダーガードが半分になっている。抑え切れなかったようだ。
「抜かれた!」
「仕方ない。立て直せ」
「うん」
後ろには先輩たちが戦列を組んでいるので気持ちを切り替えればいい。
その新型は戦列からの砲撃を巧みに搔い潜って迫る。レオニード機を狙って撃ち込まれたビームはジェットシールドで弾けている。
任せればいいと思った瞬間、シールドを解除して反撃しようとしたレオニードのデュラムスが腹部に直撃を受けた。彼のビームはホリアンダルの頭部を破壊していたが、左手のブレードグリップから持ち替えたビームカノンが光芒を放っていたのだ。
「く……そ……」
衝撃で意識が朦朧としているのか、コクピットシェルを少し焼いたのか、途切れ途切れの声が共用回線に流れてくる。
「へまを、した。すまない、ディニー。俺、デートの約……」
「ロニー!」
「あんちゃん!」
閃光が花開く。少年少女の叫びは虚しく響き、灼熱の花は命を一つ奪っていってしまった。
(何でだよう!)
噛み締めた奥歯が僅かに痛みを伝えてきた。
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