緩やかなる崩壊(4)

「じゃあ、どうしてユーゴはフォア・アンジェで戦っているの?」

 その疑問はコルネリアが口に出しかねていたものだった。


 レズロ・ロパがザナストのテロリズムの対象になったのは聞いている。そこから逃げ出す過程でアームドスキンに触れ、操縦するようになったことも。

 ならば、彼はなぜ守りたいと思った彼女をツーラに残して再び命懸けでザナストと戦っているのか? ユーゴのような一見優しそうな少年が戦い続ける理由が見えない。喪ってしまったもう一人の少女の復讐か? そんなタイプにも見えない。


「あんなことばかりが起こると彼女が傷付いてしまうから」

 さもありなんという感じの口振りだ。

「ラーナはまるで自分の所為みたいに悲しんでいたんだ。そんな顔をさせちゃいけない。だから、こんな戦い、やめさせないと」

「ラーナっていうの、幼馴染?」

「うん、ラーナとサーナ」

 少しずつ彼を巡る状況が見えてくる。

「ラーナが心を痛めないように?」

「そう。ラーナが悲しむのは嫌だし、サーナがあんなふうに……。あれ、サーナはどこに行っちゃったんだっけ?」

「ユーゴ?」

 混乱する少年にルフリットも「大丈夫か?」と声を掛けている。

「サーナはときどき会いに来てくれるのに今はツーラに? あれ?」

「しっかりしろよ。辻褄が合ってないぞ?」

「おかしいなぁ」

 辻褄が合うわけがない。サディナという幼馴染は死んだと聞いている。彼の瞳に何が映っているのか、コルネリアは愕然とする。

「でも、僕が戦えるのは確かだから、やれることはやってみたいと思ったんだ」

「男だし、勇気を持って飛び込んでみたいよな?」

「うん、ラーナも認めてくれたし、サーナもほら……」

 彼の差し出す手の先には何も無い。矛盾にこだわらず、表情もころころ変わる。


 戸惑ってこっちを見てくるルフリットに気付かないほどコルネリアは動揺していた。


   ◇      ◇      ◇


 汗を流して部屋に戻ると姉は鏡の前でネックレスを合わせていた。上機嫌で鼻歌も奏でている。


「買ってもらったんだ」

 言うまでもなく彼からのプレゼントだろう。

「そうよ。いいでしょ?」

「ちょっと羨ましいかな。嬉しいなら着けていればいいのに」

「嫌。仕事中はどこに引っ掛けて失くしてしまうか分からないじゃない」

 分かるが、それならいつ着けるというのだろうか。

「デートの時だけしか着けられないじゃない」

「だから着けてみてるんでしょ。どの服と合うかなぁ?」

「はいはい」

 今からファッションショーに付き合わねばならないらしい。

「ねえ、お姉ちゃん……」


 着替えては鏡を覗き込むデネリアに自分の意見を伝える傍ら、ユーゴの様子を相談する。すると姉は驚いて振り向いた。


「なに……、それ?」

 表情が固まっている。

「何か知ってたの?」

「ううん、違う。ただね、マルチナさんに、彼に気を付けておいてほしいって言われてて」

「げ! どうして教えておいてくれなかったの? それだったらもっと注意しておいたのに!」

 コルネリアは頬を膨らませる。今更な話だ。

「ねえ、それはいわゆる幽霊が見えるとかそういう話?」

「違うと思うよ、お姉ちゃん。ユーゴは今の自分の行動が全く変だって思ってない感じ。わたしたちの反応も気にしてないみたい」

「無自覚なのね」


 うわの空というわけではない。会話は通じる。なのにどこか不安定なのだ。突然に視線が彷徨う。


「無かったことにしちゃったのかな?」

 デネリアがそんなことを言い始める。

「無かったことって?」

「精神的につらすぎたから、サディナって娘の死を記憶から消そうとしているんじゃないかってこと。それだと記憶がおかしな感じになるから自分だけが見える幻覚を見てるとしたら?」

「そんなことが……」


 有るか無いかといえば有るとしか言えない。幻覚はそれほど珍しいことではない。問題はその原因にあるといえよう。


「ユーゴはそんなに心が弱いようには見えないんだけど? 戦う理由だってはっきりと意識しているみたいだし」

 彼にはそんな脆さが感じられない。

「想像もつかないけど、潜在するものかもしれないし」

「そうだよね。どうしよう? ……専門家なんてここには居ないから、やっぱり街の病院に連れていって診てもらうべきかな?」

「うーん、日常生活に問題が出てないところが難しいのよね。変に騒ぎ立てないほうがいいような気もするし」


 マルチナは全然違う意味で注意を促していたのだが、二人は見当違いな部分で頭を悩ませている。沈黙が重苦しい。


「よし、まずはマルチナさんに相談してみましょ。変化が有るのかどうかも分からないんだし」

「それしかないかも」

 もっとも妥当な案に思える。


 姉妹が頷き合ったところでけたたましい警報ブザーが鳴り響き始める。敵襲の合図に跳ね起きた。


「レーダーに反応四! 総員戦闘配備!」

「こんな時に……、ってレーダー!? 堂々と攻撃してきたってこと?」

 電波レーダーに引っ掛かったということは、大胆にも発見されるのを承知で接近してきたという意味になる。追加情報として検知したターナミストは狙撃を防ぐためだけだろう。


 くつろいだ格好をしていたコルネリアは慌ててスキンスーツに足を通した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る