緩やかなる崩壊(3)

 格納庫ハンガーに数人の男たちが降りてくる。その中に赤茶色の髪の青年を認めるとデネリアが困った顔になったのをユーゴは感じた。その理由にはピンと来ない。


「よお、青春してるな、ガキども」

 別の男が品の無い笑いを浴びせてくる。

「そんなんじゃないでーす」

「おっさんたちには関係無いって」

 二人も負けない。


(遠慮がないなぁ。大人に向かって)

 少年も失笑してしまう。


「おっさんとか言うなよ。俺たちはまだ二十代なんだぜ?」

「それならもっと若々しい振る舞いをしてくれなきゃ」

 言い方がコルネリアのお気に召さなかったらしい。

「こいつは手厳しい。妹の躾を頼むぜ、ロニー」

「くだらないことを言うな、ガット。そんなだから反撃されるんだ」


(妹?)

 意味不明のやりとりにユーゴは首をひねる。


 そのまま男たちは赤茶の髪の男を先頭に近付いてくるが、目的は彼らではないようだった。


「ディニー、この前の埋め合わせをするから今夜は空けてくれ」

 ロニーと呼ばれた青年がデネリアに抑えた声で告げている。

「気にしなくていいのに。だって急に決まった出撃だったんだもの」

「そんなのは言い訳にならない。なにより俺の気持ちの問題だからな」

「そう?」

 彼女は遠慮しつつも嬉しそうに頬を染める。


(ああ!)

 それで彼は納得した。

 おそらくユーゴの情報提供で決行されたザナスト基地攻略戦の日が二人のデートの日だったのだ。彼らはそういう関係で、少年は遠回しながら邪魔をしてしまっていたのに気付いた。


 コルネリアが耳打ちしてくれる。青年はレオニード・ガストレー。デネリアの恋人で、もう二年近くも付き合っているらしい。

 よく見ればレオニードはパイロットにありがちな鋭い印象に薄く、柔らかな感じがする。彼ならば帰投後に周囲に当たり散らしたりはしないだろうし、整備士の受けもいいのではないかと思える。

 デネリアもちゃんと恋をしていたのだ。ユーゴは失礼なことを言ってしまったと反省した。


「それで妹?」

 そういう揶揄なのかと囁くように尋ねる。

「そ、お決まりのツッコミなの」

「同じようなことしか言えないところがおっさんだってんだよ、ガットは」

 ルフリットは辛辣な冗談を言う。

「あの人、優しそうな人だね?」

「うん、ロニーはわたしにもすごく優しい。きっと気兼ねなく義兄さんって呼べると思う」


(兄弟が居ない僕にはよくわからないな。サディナやラティーナに恋人ができたらこんな感じなのかも? ううん、その時は違う感情が湧いてきちゃうよね)

 想像でしかないが、ユーゴはそんなふうに考えてしまう。


 二人の仲睦ましい様子に自然に口元が綻んだ。


   ◇      ◇      ◇


 結局、吹雪は二日間にわたり降りしきった。久しぶりに見られた晴れ間に、三人は融雪装置の備えられた航宙艦ポートの隅で慣熟訓練の続きを始める。

 集中して一時間ほどアームドスキンに様々な動作をさせていたが、休憩となると彼らの遊び心が騒いでしまう。積雪しているところまで移動してしゃがませると、新雪の中へと温まった身体を放り出す。


「冷たいのが気持ちいいなー」

 いつまでも子供っぽいルフリットにコルネリアは少し呆れる。

「せめて背中から行きなさいよ。顔中雪だらけ」

「あ、僕もだ」

 見れば髪まで雪だらけにしたユーゴが大笑いしている。

「ユーゴは子供だから仕方ないね」

「えー、一つしか違わないのに子供扱い?」


 その後はもう止まらない。雪玉を作って投げ合い、それも面倒だとばかりに雪を掬って掛け合う始末。歓声を上げつつ駆け回る。

 ふくらはぎまで積もった雪を蹴立てて走っていたら、踵が滑って身体が浮いてしまう。そのまま転倒しても下は雪だと思っていたら、背中に衝撃を受けるようなことはなく抱き支えられた。


(あ、硬い。やっぱり男の子なんだ)

 覗き込んでいるのはルフリットではなくユーゴだったのに、その腕に筋肉の硬さを感じた少女はちょっと意外に感じていた。

(線が細い感じがするのに、いざとなると私くらい支えられちゃうのね)

 咄嗟に手が出たのだろうが転ばずに済ませられたのが嬉しいのか、ふっと笑顔に変わる。コルネリアはその表情に少しドキドキしていた。


「ユーゴって好きな人がいるの?」

 踏み固めた場所に並んで座ったところでつい訊いてしまう。

「うーん、よく分からない」

「分からない?」

 彼は首をひねっている。

「異性としての好きなのかどうか自信ないんだ」


 今はツーラに残してきたが、ユーゴには幼馴染の姉妹がいて彼女たちに抱く感情の区別が付かないという。


「コリンはルットが好きなんじゃないの?」

 逆に痛いところを突かれてしまう。

「あはは、真似じゃないけど、私にも分かんない。小さい頃から一緒だから家族みたい。少なくとも好きは好きかな」

「なっ、お前、そんなのいきなり言うな!」

 ルフリットは慌てている。

「でも、この好きが恋の好きに変わるのには時間がいっぱい掛かりそうな気がする」

「そうなんだよね。或る日突然何かの拍子に変わりそうな気もするんだ」

「そうそう」

 彼女は深く頷く。幼馴染の少年はもう声も出ないくらい動揺しているが。

「この気持ちを無理に追いかけようとすると失敗しそうで怖いし」

「でも、大切なことに変わりないから、無理は禁物だよね?」

「そうね」


(結論を急ぐ必要なんて無いもの。わたしたちには時間がある)

 例え命懸けの戦場であれど、そう信じていなければ生きていけない。


 少女はユーゴと握手を交わした。

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