緩やかなる崩壊(2)
森林にパッと雪煙が散り、目にも鮮やかな青いアームドスキンが飛び上がると黄色い機体に急接近する。ブレードが噛み合う火花が周囲に振り撒かれ、こすり合わせるような音が響いた。
少女の放ったビームが背中にと迫ると同時に青いアームドスキンは右へと移動。刹那の遅れで黄色いアームドスキンも身を躱して光芒は空へと飛び去っていく。
「これでも躱すのかよ!」
少年の声が驚きを示す。
「踏み込み浅いよ。今から逃げますって言ってるもん。そんなんじゃ僕、騙されないし」
「くっそぉー!」
打合せ通りに一撃だけで離れた青いアームドスキンだったが、それも読まれていたようだ。相手はちゃんと少女の存在を頭に入れて動いている。もっときわどい攻撃を仕掛けないと彼を撃破できないと思った。
「それなら出る!」
覚悟を決めてぶつかり合う二機に接近。
「ここ!」
「今!」
少年が反応し、少女が光刃を閃かせる。
少年のアル・スピアが大きくイオンジェットを噴かして押し込み、そこへ少女が鋭い突きを滑り込ませる。しかし、無情にも少年へテールカノンの砲口が向いており、生まれた薄青い光に貫かれる。
反動で僅かに後退した黄色いアームドスキンはその場で横回転しながら少女の突きを躱し、横腹に膝蹴りが入った。激しい衝撃音が鼓膜を揺さぶって一瞬だけ顔を顰めた彼女は、自機が背後から斬りつけられブレードで腹部が薙ぎ払われる様子が目に入る。
『誘爆の危険。退避してください。誘ば……』
落下していた少女の機体のモニターが真っ白に染まる。
「また死んじゃった」
コルネリアはぽつりとこぼした。
◇ ◇ ◇
パイロットシートをスライドさせたコルネリアは外の空気を思いっ切り吸う。肺を刺すような冷たい空気なのに、火照った身体には心地良かった。
外はまだ吹雪いている。風は少し弱まったかもしれないが、雪粒の量は増えていると感じる。
午前中は外で三人で慣熟訓練をしていたのだが、昼を挟んで続けようとしたらこんな天候に変わっていたので実機シミュレーターでの訓練に切り替えたのだ。
「また負けたー!」
ルフリットがブルネットの髪の少年に向けて吠えている。
「なんで二対一で勝てないんだよ!」
「フィメイラにはこれまでの動作データも蓄積されてるもん。大変な思いをしてここまで育てたんだから。それに、もし僕もアル・スピアだったら十回に一つ取れるかどうかだと思うよ」
「それでも悔しいものは悔しいんだー!」
(もー、うるさいんだから、年下相手に。男の子ってなんであんなに負けず嫌いなんだろう)
他のことならともかく、操縦では明らかに実力の劣る相手にも食ってかかるのはどうかと思う。負けるのが嫌なら腕を磨くしかないのに、負けるたびに文句を言う。
こうして付き合ってくれていれば対戦データも蓄積されてきて、正直言って五分に戦えているのに、だ。勝てば誇り、負ければ嘆く。男の子同士のコミュニケーションは理解し難い。
ましてや実戦であればおそらくユーゴには歯も立たない。彼の実戦での冴えは桁違いなのをこれまでの経験で知っている。
「騒いでいないで降りてきなさい。温かい飲み物用意してあるよ」
デネリアが
「はーい! 降りよ、二人とも」
「おーう、今日は寒いなー」
「うん。この辺は本当に吹雪が多いね」
氷塊落としの浄化作戦後に、調査とともに植樹された寒さに強く成長の早い品種の針葉樹林が各地で育ってはいるのだが、チムロ・フェンの周囲には少なめだ。落下地点から遠く、地表が薙ぎ払われていないかったので植樹が進まなかったのだと記録にはある。
それだけに周囲を巡る丘陵から吹き下ろしてくる風が雪粒を孕み、果てには地吹雪を伴って街へと吹き付けてくる。融雪機能を強化されている街区では道路も使用可能でも、一歩町を出るとスノービークルのお世話にならなければ移動もままならない。
「ねえ、ディニーはなんで整備士を目指したの?」
温かい紅茶をすすりながらユーゴはそんなことを訊く。
「なぜって訊かれると機械が好きだったとしか答えられないかなぁ。整備士になったのはアームドスキンの機能美に惹かれたからだけど」
「だったらツーラのほうが本場じゃない? ここみたいに寒い所で金属を扱うの厳しいよね」
「正直な話、ユーゴくんの言う通り。でも、本場だけあって競争率厳しいし、結構男社会なの。頑張ってみたけど実際にアームドスキンに触れる機会は少なくて使い走りにされちゃうんだ」
ずっとぼやき続けていたのでコルネリアは知っている。
「そんな時に試験移住の話を聞いて、他の人があまり行きたがらない場所でなら好きなことができると思ったの。一人で行く気だったのに、家族みんなが後押ししてくれて、一緒に行ってくれるとか言い出したから驚いちゃった」
「お姉ちゃんって夢中になると色々疎かになるから放っておけないでしょ? それに挑戦好きなところはうちの両親だって負けず劣らずだったし」
デネリアは何か言いたげであったが、図星を刺されて反論を諦めたようだ。苦い笑みへと表情が変わっていく。
「ふーん。僕の周りにいたディニーくらいのお姉さんってすぐに恋愛の話とかしてたけど機械に夢中なんだね?」
「えーっと……」
言葉に詰まる姉の様子に、コルネリアとルフリットは含み笑いを隠せないでいた。
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